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評価分かれる電子たばこの安全性 http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2927924/10263794
私はたばこを吸わないし、吸った事もない。
人間と言うのはある意味、「食物を燃焼させることで運動している、内燃機関付機械」であり、呼吸器系と言うのは「その内燃機関に対する酸素供給及び二酸化炭素排出システム」と考える事が出来る。これに対し「煙草を吸う」と言うのは、「呼吸器系に供給される外気に、二酸化炭素、一酸化炭素、タール、ニコチンその他の異物を混入する事」であり、肝心の「内燃機関の燃焼」を妨げる成分ばかりを供給するのだから、「健康に良い訳が無い」。
「哲学者は喫煙しなければならない」なんて説を聞いた事があるが、「哲学者」なる者が思考・思想を主とする「頭脳労働者」であり、「人間の内燃機関」に頼る処が少ないとしても・・・「頭脳労働」も詰まる所「人間の生命活動の一環」であり、ある種の酸化反応=ある種の燃焼に頼っている以上、やはり「人間の内燃機関」を動力源としているのであり、呼吸器系に余計な擾乱外乱をもたらす「喫煙=煙草を吸う」と言う行為が頭脳労働に資するとは思われない。従って、「喫煙しなければならない哲学者」なる者は、「麻薬で幻覚を見て作品を作る芸術家」と同類としか私には思われない。無論、私は煙草以上に麻薬を吸うなり注射するなりする気が無いから、「麻薬で見た幻覚に基づく芸術作品」なんて、「チンパンジーに絵筆を括り付けて無理矢理描かせた絵」程にしか評価できないし、その作品を作った「芸術家」の方はもっと評価できない。
少々脱線したが、上記の如く「煙草を吸う」事に全く意義も意味も見出せないから、私は今後とも煙草は吸わないだろう。またそれだけに「煙草を吸う人/吸いたい人(※1)」の気持ちは理解し難い。
以上の通りの私であるから、「電子煙草」なんて商品を「発見」した時は、困惑と言うより呆れ返った。何しろ形こそ「煙草」の形をしており、先端が赤く光る仕掛けになっていて、水蒸気で「白い煙」まで出る凝った仕掛けとは言え・・・「煙草の煙」の代わりに「水蒸気」を吸って、一体何が面白いのか理解も納得も出来なかった。「煙草型チョコレート」を咥えるのと、どれほど差があろうか、と。火をつける道具も含めて火災の危険が無く、灰の始末も要らないのは利点だろうが・・・「煙草を吸わない」ならば、ハナッからそんな危険も面倒もない。
だが、そんな私の「誤解」を上掲記事は些かなりとも解いてくれた。タイトルにもした通り、「電子煙草」なる商品は唯の水蒸気を出すだけでなく(※2)、少なくともニコチンも出すようである。そういえば電子煙草の宣伝では何やら「カートリッジ」を本体に装填していたから、あの中にニコチンが入っており、ニコチン中毒の喫煙者「電子煙草で禁煙(※3)」より正確には「タール抜きの(純粋)ニコチン」を提供するを仕掛けなんだそうだ。
なるほど、ソリャ「ニコチン中毒の禁断症状を抑える」効果は期待できる訳だが、麻薬中毒患者に麻薬打って禁断症状を止めているようなもの。「安全性に議論がある」のは、理の当然だ。
1〉 電子たばこの使用によって、非喫煙者がニコチンに病みつきになってしまう危険性や、
2〉 禁煙できるかもしれない人がニコチン依存から抜け出せなくなる可能性を懸念する研究者もいる。
2〉 禁煙できるかもしれない人がニコチン依存から抜け出せなくなる可能性を懸念する研究者もいる。
と言う、当該記事の一節は、「電子煙草がニコチンを供給する」限り、正しそうだ。無論、定量的な評価は必要で、ひょっとすると「ニコチン中毒ならない程度の濃度」と言うのがあるかも知れないが。それにしても量が多ければ立派な毒薬になるニコチン(※4)に、好き好んで中毒になる/なるリスクを冒す必要もなかろうに。
「禁煙なんて簡単だ。私はもう何百回もやってきた。」 (マーク・トウェイン)
「貴方、煙草を止めなさい。
私は煙草で死んだんです!」―ユル・ブリンナーの死後、公開されたCM(※5)―
私は煙草で死んだんです!」―ユル・ブリンナーの死後、公開されたCM(※5)―
<注釈>
(※1) 既に煙草の中毒になってしまった人は未だしも、未だ中毒にならないうちから「煙草を吸いたい」と言うのは、特に理解できない。「喫煙は大人にだけ許される特権」ではあるし、「大人への憧れ」で喫煙する未成年も居るが、「煙草を吸う姿がカッコ良い人」なんて、映画の中でしか見た事が無いぞ。だから、「ファッションとしての喫煙」と言うのは、宝くじ当てるより難しそうだ。映画「さらば友よ」のラスト近く、チャールズ・ブロンソンがアラン・ドロンの煙草に火をつけてやるシーン。(逆だったかもしれない)私が「カッコ良い煙草を吸う姿」と認めたのは、あれだけだ。(※2) そう言えば「水煙管」なんてものも世の中にはあるな。あれこそ、御大層な仕掛けが要る様だが。(※3) まあ、それを「禁煙」と呼べるかは大いに疑問ではある。確かに「煙を吸ってはいない」だろうが…ニコチン中毒の禁断症状を抑えてはいるが、ニコチンは提供しているんだから、ニコチン中毒そのものは治りそうにないぞ。(※4) 「ニコチンを使った殺人」と言うのは、いくつかのミステリ作品になっている。北条司の漫画「City Hunter」にも、ニコチン毒針による暗殺を試みるシーンがある( 見破られて、失敗したが。 )。急いで付け加えるならば、大概の薬品は量が多ければ毒になるし、「人間の身体に必要な成分」でも度を越せば健康を害する原因となる。定量的評価がいかに大事か、だ。(※5) 鬼気迫る迫力だったそうで(想像できるな)、さだまさしが手にしていて煙草を思わず放り出したそうだ。