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第三幕 膠着

 人民解放軍による、元寇以来の渡洋侵攻は頓挫した。理由はいくつもあるが、根源的には人民解放軍渡渡洋能力の低さと、自衛隊三軍が温存していた対艦ミサイルの多さが支配的だろう。全面的な日本支援に踏み切ったアメリカ政府から供与された武器弾薬、分けても自衛隊三軍でも海上自衛隊の広範なプラットフォームから発射できるHarpoon対艦ミサイルの供与は大きかった。水上艦艇の一部はもちろん、固定翼哨戒機からも潜水艦からも発射できるHarpoonは、もう一つのアメリカからの支援・情報提供とあいまって、人民解放軍が渡洋侵攻用にかき集めた水上艦艇・船舶に多大な主血を強いた。
 「非道な日本軍の攻撃により、民間フェリーが撃沈され、多数の民間人が水死した!」と、人民解放軍は宣伝戦を仕掛け、「南京大虐殺」だの「従軍慰安府」だのの「故事」がまたぞろ引用されたが、当該民間フェリーがほかの船舶ともども船団を組み、人民解放軍艦艇に護衛されている映像や、沈没地点から回収された(とされる)軍服や銃器が公開されるに至ってその効力を失墜させた。
 むろん、人民解放軍は人海戦術を伝統とし、頭数の多さで敵を圧倒するのが常であり、今回も兵力数では圧倒的であった。が、渡洋侵攻能力は乏しく、それ故の民間フェリー徴用であったのだが、日米両軍の対艦攻撃は「徴用民間フェリー」も容赦なく葬り、人民解放軍の渡洋侵攻能力はさらに低下した。中国共産党は、元軍渡洋侵攻する際には半島を支配下に置き、半島を先兵とした故事に学ばなかったのだ。
 尤も、元軍は半島を支配し、半島を先兵としながら、なお渡洋侵攻・元寇に失敗しているから、人民解放軍としては学びがたいところであったろう。
 何にせよ、人民解放軍の強襲揚陸能力喪失により、中国の渡洋侵攻作戦は、少なくとも停滞を余儀なくされた。洋上制空権をめぐる戦いは未だ熾烈を極めており、自衛隊三軍の消耗、ことにパイロットはじめとする第一線オペレーターの疲労はピークに達していたが、自衛隊三軍は未だ有効な戦力を保持していた。

人民解放軍の渡洋侵攻能力

 戦史をひもとけば明らかなとおり、渡洋侵攻というのは難事中の難事である。元寇は元軍による日本海渡洋侵攻であるし、ナポレオンもヒトラーも当時「世界最強」と(少なくとも一面)言える陸軍を擁しながら英仏海峡の渡洋侵攻に失敗している。さらに、敵陸上部隊が守備している所へ仕掛ける渡洋侵攻=強襲楊陸作戦となると、近代・現代戦でこれを成功させた実績があるのは、アメリカ、イギリス、日本ぐらいしかない。
 中国人民解放軍の軍拡は、二桁成長を数十年続けており、その勢いは経済のかげりをよそにとどまるところを知らないから、今後さらに人民解放海軍の増強が続き、渡洋侵攻能力・強襲揚陸能力の向上は続くものと考えねばならないが、現時点及び近い将来に於いては、それはまだ貧弱であり、脆弱であり、相応の準備と覚悟の前には直接的な渡洋侵攻・揚陸作戦を断念させるぐらいの打撃を与えることは可能であろう。
 無論、大規模な渡洋侵攻ではなく、少数の精鋭特殊部隊を、上陸なり空挺降下なりさせて、我が領土内に侵入することは、渡洋侵攻より遙かに容易であり、これを我が自衛隊が完全に阻止できるとも考えがたい。従って、我が国内では人民解放軍特殊部隊と、我が自衛隊三軍、特に陸上自衛隊との死闘が繰り広げられることとなろう。
 一方渡洋侵攻の通路となる洋上・海峡上から我が本土上空にかけては、これまた制空権を賭けた死闘・Battle of Japanが繰り広げられよう。なぜならば、人民解放軍としてはこの制空権を奪取でき、送り込んだ特殊部隊による橋頭埠確保を同時に実現できれば、低下した強襲揚陸能力と兵員輸送能力でも日本本土の(一部なりとも)占領が可能となるからである。
 従って、この段階に至っては、地上は人民解放軍特殊部隊との死闘、空中は人民解放空軍との制空権争いがこの「21世紀の日中戦争」の勝敗を決めることなろう。
 
 無論、核兵器などのほかの要因が加わらなければ、だ。


幕間 密使

 「首相、お話があります。」
 緊張にやや甲高くなった声が飛ぶ。声には緊張感のほかに、相当な緊迫感が含まれていた。
 「何かね。先日の件かね。」
 連日の激務に頬を削られながら、ただ眼光だけを炯々と光らせた男が答える。決して背は高くないが、一朝事がある時には、誰もが巨人と認めるような威圧感を持つ男。日本国首相にして、自衛隊三軍の最高指揮官。しこうして、大東亜戦争以来の武力衝突と言う我が国有数の事態の最高責任者は、先ほどの発言者をにらみ返した。
 「はい。我が国にとって、現状望みうるベストの道と考えます。」
 再度答える声には、先ほどよりも増した緊張感と緊迫感があった。
 「尖閣諸島の領有権「棚上げ」を日中共同で宣言するという条件で停戦、だったな。
 そんな条件が我が国にとってベストだと、君は本気で言っているのかね。」
 返す首相の声には、怒りや鋭さよりも、心底呆れたというニュアンスがにじみ、対照的なほどに緊張感はない。
 「し、しかし首相。先方は、この条件を受け入れないならば、我が国に対し、か、か、核攻撃を実施すると・・・」
 勢い込んでドモる発言者に対し、有無を言わせぬ勢いで首相が発言をかぶせる。
 「君の言う中国共産党最高指導部密使殿の提案だったね。ああ承知しているよ。
 その「密使」殿の肩書きが自称以上ではあまりないことを差し引いても、だ。誠にゆゆしき核恫喝、ではあるな。」
 首相は何かを思いついたらしく、ここしばらく見せなかったよう笑顔を見せた。尤も人によっては、「狼が歯を見せているときは、笑っているのではない」と言うロシアの諺を思い出しただろう。
 「ああ、先方に伝えてくれないかね。
 我が国は、広島、長崎と核攻撃を受けた経験がありますが、今日の繁栄を築きました。
 もしそちらが新たな核攻撃を掛けるのならば、すぐにではありませんが、いつか必ず核報復攻撃を敢行いたしましょう。と。」
 「それでは首相!!!」発言者の声は、もはや悲鳴に近かった。
 「ああ、一言一句間違いなく伝えてくれよ。
 なにしろ我が国は、目下中華人民共和国とは、極めてセンシティブな関係にあるのだからね。」