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急死した父のレストラン「ヘヴンズドア」を若くして継いだシェフ・園場凌(そのばしのぐ)。継いだは良いけれど客足はさっぱりで店は火の車。思いあまって灯油(と花火)で焼身自殺を図っていたところを、バイトの女の子二人に止められていると、そこへ本能寺の変からタイムスリップしてきた織田信長様御一行が到着・・・
という、ぶっ飛んだシチュエーションから始まるコメディー漫画。毎回「非業の死」を目前にしてタイムスリップしてくる歴史上の人物が所望する「最後の一皿」を提供すべく、どたばたと騒ぎが展開される。言ってみれば、先行紹介した「テルマエ・ロマエ」と「ドリフターズ」の良いところ取り、と言えないこともないから、ひょっとして漫画界(の、多分一部)では、「タイムスリップブーム」が起きているのかも知れない。
それは兎も角、やたらに歴史に詳しい上に大概の言語が喋れるらしい( 英語、フランス語、ドイツ語ぐらいならまだしも、ラテン語、ヘブライ語、アラビア語にギリシャ語まで確認されているから、ゴルゴ13並だ。まあ、こういう人物か「翻訳こんにゃく」でもない限り、この話は進まないだろうが。 )バイトの女子大生・前田あたり さんを狂言廻しに、思考は後ろ向きだが腕は確かな若きシェフ・園場凌が作る「最後の一皿」は、正直、グルメとは反対方向にある私には、評価しかねるものがある。
だが、毎回登場する歴史上の人物、織田信長、ユリウス・カエサル、マリー・アントワネット、坂本竜馬、ジャンヌ・ダルク、アドルフ・ヒトラー、ビリー・ザ・キッド、サルバトール・ダリ、関羽等の出す無理難題な注文を毎回こなすその態度や、いかにして注文に応じたかを料理で説明する下りは、毎回納得がいく。尤も、第1回の織田信長にはその手法を「姑息なり」と喝破され・・・この後、是非にも引用したい名科白があるんだが、ネタばらしになってしまうから書けない。書店で、できれば購入の上、ご確認願いたい。

さらにはこの漫画、タイムスリップものにも関わらず、判明している限りではタイムパラドックスを起こしていない( 毎回料理の代金に歴史上の人物たちが置いていく高価な品をのぞくと。マリー・アントワネット・ブルーって、伝説の「呪いのダイヤ」じゃなかったっけ )。つまり「非業の死」を目前にしてこのレストランに飛ばされた歴史上の人物たちは、ほとんどが元の世界へと戻っていき、従容と死に就く。( 例外は、ジャンヌ・ダルクら少数あり。ジャンヌはそのままこちらに残って、レストランのウエートレスを、メイド服と甲冑と言う妙な出で立ちで続行している。 )信長や竜馬はまあ日本人であるし、そういうイメージであろうが、マリー・アントワネットも、アドルフ・ヒトラーも、一般的なイメージとは異なり、実に見事な「散り際」を見せる。
ああ、ここで、「散り際」なんて日本的な表現・評価を、日本人以外の多くの歴史上の人物に当てはめてしまうのは、「日本人の漫画を日本人が評価している」から、だろうな。
逆に言えば、この漫画を海外に紹介しても、理解は得られないかも知れない、と言うことだ。殊に、アドルフ・ヒトラーを「ドイツの栄光とドイツ人の幸福を追求した」挫折者と描くエピソードは、ドイツやイスラエルでは発禁にされかねないぐらいだ。
正直言って、私もヒトラーは嫌いだ。殊にその推進した人種差別主義は嫌いだし、それは「日独同盟」の根幹に疑義を抱かせるに十分だ。
だが、この漫画に描かれ、最後従容と死地=ソ連軍包囲下のベルリンへと帰るアドルフ・ヒトラーには、共感と敬意を抱かざるを得ない。またその「共感と敬意を抱かせる」からこそ、「ドイツやイスラエルでは発禁処分」となりかねないのであるが。
それを「プロパガンダの悪影響」と見るか、「漫画家・藤栄道彦の力量」と見るかは、視点の相違だろう。
私としては、あえて「天下の大悪役」アドルフ・ヒトラーを取り上げ、善人として描ききった作者の勇気と力量に、敬意を表するほかない。それは間違いなく一つの「ヒトラー観」の提示である。また恐らくは、ジャンヌ・ダルクからアドルフ・ヒトラーまで、登場する歴史上の人物たちに分け隔てなく注がれる「作者の愛情」のなせる業である・・・と見たが、如何なものだろうか。( 松本零士御大は、作品・登場人物というのは自分の子供だと語っていた。親は子の幸福と長寿を願うもの、と。子の漫画の登場人物たる歴史上の人物たちに、作者・藤栄道彦の「親心」を見るのは、少なくとも一読者の解釈として、許されよう。 )
ジャンヌ・ダルクに感化されて、人の命の大切さを知り、殺されるの承知で拳銃を捨てるビリー・ザ・キッド何ざぁ、「そいつはずいぶん甘い考えだぞ!( それは、エメット・ケオーのやり方ではない。 ジャック・ヒギンズ作 「サンタマリア特命隊」だったと思う )」と非難しつつ、「作者の愛」を「共感」してしまうのである。( また、拳銃捨てた後の、ちょっと寂しげな表情が良いんだな。是非拝見を。 )
今後はどんな人物が、どんな「最後の皿」を注文しにやってきて、それにシェフ・園場凌がどう応えるか、実に楽しみな作品だ。