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再三記事に書いている通り、私は理系の人間で、法学や法律は素人と言ってよい。それでも国防や安全保障には随分前から関心を持っていたから「集団的自衛権」だの「文民統制」だのについては一言言わずには折られない。尤もそこは素人の悲しさで厳密に条文や法律判例などに照らし合わせての議論となるとからきしでもあるし、より上位の、「現行法、現状の政府見解等はさて置いて」の国防上・安全保障上の観点から「どうあるべきか」を論じる事が出来るのみ。その意味では、私の論じる/論じる事が出来る「憲法9条」論議と「文民統制」論議はあい通じるものがある。
先頃の「内閣改造=実質問責閣僚更迭」に於いて新防衛相に就任した森本氏について「文民統制上問題ある」と言う説があることは以前記事にした。その記事では石破元防衛相がその説を唱えていたが、同様の説を為すのは石破元防衛相ばかりではないらしい。
先頃の「内閣改造=実質問責閣僚更迭」に於いて新防衛相に就任した森本氏について「文民統制上問題ある」と言う説があることは以前記事にした。その記事では石破元防衛相がその説を唱えていたが、同様の説を為すのは石破元防衛相ばかりではないらしい。
転載開始=========================================
森本氏起用、「文民統制」批判に論拠薄く
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120606/plc12060600580002-n1.htm
2012.6.6 00:55 (1/2ページ)[鳩山由紀夫]森本敏防衛相(左)は田中前防衛相と事務引き継ぎを行った=5日午後、東京都新宿区の防衛省(小野淳一撮影)
民間人初の防衛相となった森本敏氏をめぐり、鳩山由紀夫元首相は5日、文民統制(シビリアンコントロール)上の疑義があると懸念を示した。野党も国会で追及する構えだ。だが、民間出身を問題視する論拠はあやふやだ。(杉本康士)「ミサイルのスイッチを入れる権限を有する方が選挙の洗礼を経ない方でよいのか。相当厳しい国民の批判を受けるのではないかと心配している」鳩山元首相は自身のグループ会合で、こう指摘した。首相在任時に米軍普天間飛行場の移設先をめぐり迷走した鳩山氏だが、自らが日米同盟に深刻な影響を与えたことは忘れているようだ。4日には民主党の一川保夫参院幹事長も文民統制の観点から森本氏起用を疑問視したが、防衛相時代、「安全保障に関しては素人だがこれが本当のシビリアンコントロールだ」と発言し、問責決議を受けたのは一川氏本人だった。憲法66条は、首相と閣僚は「文民でなければならない」と規定している。文民については昭和28年の衆院外務委員会で佐藤達夫法制局長官(当時)が「過去に職業軍人」ではなく、「軍国主義に深く染まった人」ではない人物と答弁した。森本氏に対し「この分野で非常に造詣の深い人柄も立派な方だ」(自民党の谷垣禎一総裁)との評価はあっても、軍国主義に染まっているとの見方は聞こえてこない。森本氏は元自衛官だが、自衛官出身の前例としては自民党の中谷元・元防衛庁長官がいる。森本氏が国会議員でないことも、文民統制とは直接関係ない。玄葉光一郎外相は5日の記者会見で、英国やドイツで民間出身者が防衛相に任命されたと指摘し「あまり問題にすべきではない。民間出身の外相もいる」と強調した。米国の国防長官の多くは民間出身で、軍歴はあっても議員経験のない人も少なくない。文民統制はもともと17世紀英国で国王に対抗するため、議会が軍への統制を強めたことが始まり。日本でも自衛隊に関する法律、予算、定員などは国会の議決が必要で、防衛出動や治安出動も国会承認を要する。文民統制の成否は国会が機能するか次第であって、国会審議が森本氏の立場をめぐる“神学論争”に終始し、安全保障上の課題がおろそかになるようでは、本当の意味での文民統制の危機となりかねない。
=================================転載完了
鳩山由紀夫の案外巧妙な発言
さて、如何であろうか。
タイトルでネタバラシしているような物だが、今回引用した記事で森本新防衛相就任を文民統制上の問題視しているのは、鳩山由紀夫。その問題視発言は、以下のように報じられている。
鳩1> 「ミサイルのスイッチを入れる権限を有する方が選挙の洗礼を経ない方でよいのか。
鳩2> 相当厳しい国民の批判を受けるのではないかと心配している」
この発言を元に、その「文民統制批判」に根拠が薄い事を上掲報道は報じている。この記事はこれで意義があり、ことに私のような「法律素人」にはありがたい情報だ。
だが、この鳩山発言、案外巧妙に出来ている。
上記鳩1>「ミサイルのスイッチを入れる権限」と言うのは「開戦の決定」と解釈して先ず間違いないだろう。鳩山由紀夫の発言だから真意の程は当てにならないし、発言自体がひっくり返される事もしばしばあるが、上記発言をした時点では、その解釈でよかろう。
で、上記1>はその「開戦の決定」は「選挙に拠って選ばれた政治家でなければならないのではないか」と言っている。正に「文民統制する文民は政治家に限るべきではないか」と言う発言であり、上記鳩1>発言だけならば「森本氏の防衛相就任に対する『文民統制』批判」に相違あるまい。
だが、鳩山由紀夫は上記鳩2>「相当厳しい国民の批判を受けるのではないか」と続けている。即ち「森本氏の防衛相就任に対する批判」を「国民の声」・世論に代弁させている
言い換えれば上記鳩1>発言だけならば「森本氏の防衛相就任に対する『文民統制』批判」であったのが、上記鳩2>と続ける事で「森本氏の防衛相就任に対する批判的世論」に摩り替えている。その「批判的世論」が「文民統制に基づく物」とは、少なくとも直接的には限定していない。
さらに上記鳩2>発言は「国民の批判を受けるのではないかと心配している」と結んでいる。この発言が表面上意味するところは、「鳩山由紀夫自信は森本新防衛相就任を批判するとは断言せず、国民から批判の声が上がることを懸念している」と言う事である。
つまり上記鳩2>発言を、上記鳩1>発言に続ける事で、鳩山由紀夫自信は「森本新防衛相就任」に対する文民統制的判断を明言せずに、「国民の批判」としてこれを非難し、尚且つその責任をものの美事に回避している。
尤も、本当に「国民の非難の声」が森本氏の防衛相就任に対して上がらなければ、上記鳩1>~鳩2>発言は、「全く非難にならない」のであるが。
それは恐らくは、鳩山由紀夫にとって最大のメリットなのだろう。
即ち鳩山由紀夫の目的は、森本新首相集にへの批判にあらずして、毎度おなじみ・民主党の第二の天性・大衆迎合にあると見たのだが、如何なものであろうか。
タイトルでネタバラシしているような物だが、今回引用した記事で森本新防衛相就任を文民統制上の問題視しているのは、鳩山由紀夫。その問題視発言は、以下のように報じられている。
鳩1> 「ミサイルのスイッチを入れる権限を有する方が選挙の洗礼を経ない方でよいのか。
鳩2> 相当厳しい国民の批判を受けるのではないかと心配している」
この発言を元に、その「文民統制批判」に根拠が薄い事を上掲報道は報じている。この記事はこれで意義があり、ことに私のような「法律素人」にはありがたい情報だ。
だが、この鳩山発言、案外巧妙に出来ている。
上記鳩1>「ミサイルのスイッチを入れる権限」と言うのは「開戦の決定」と解釈して先ず間違いないだろう。鳩山由紀夫の発言だから真意の程は当てにならないし、発言自体がひっくり返される事もしばしばあるが、上記発言をした時点では、その解釈でよかろう。
で、上記1>はその「開戦の決定」は「選挙に拠って選ばれた政治家でなければならないのではないか」と言っている。正に「文民統制する文民は政治家に限るべきではないか」と言う発言であり、上記鳩1>発言だけならば「森本氏の防衛相就任に対する『文民統制』批判」に相違あるまい。
だが、鳩山由紀夫は上記鳩2>「相当厳しい国民の批判を受けるのではないか」と続けている。即ち「森本氏の防衛相就任に対する批判」を「国民の声」・世論に代弁させている
言い換えれば上記鳩1>発言だけならば「森本氏の防衛相就任に対する『文民統制』批判」であったのが、上記鳩2>と続ける事で「森本氏の防衛相就任に対する批判的世論」に摩り替えている。その「批判的世論」が「文民統制に基づく物」とは、少なくとも直接的には限定していない。
さらに上記鳩2>発言は「国民の批判を受けるのではないかと心配している」と結んでいる。この発言が表面上意味するところは、「鳩山由紀夫自信は森本新防衛相就任を批判するとは断言せず、国民から批判の声が上がることを懸念している」と言う事である。
つまり上記鳩2>発言を、上記鳩1>発言に続ける事で、鳩山由紀夫自信は「森本新防衛相就任」に対する文民統制的判断を明言せずに、「国民の批判」としてこれを非難し、尚且つその責任をものの美事に回避している。
尤も、本当に「国民の非難の声」が森本氏の防衛相就任に対して上がらなければ、上記鳩1>~鳩2>発言は、「全く非難にならない」のであるが。
それは恐らくは、鳩山由紀夫にとって最大のメリットなのだろう。
即ち鳩山由紀夫の目的は、森本新首相集にへの批判にあらずして、毎度おなじみ・民主党の第二の天性・大衆迎合にあると見たのだが、如何なものであろうか。