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今回取り上げるのは四大紙+産経のレギュラーメンバー五紙に東京、琉球新報を加えた七紙。フルレンジには沖縄タイムスだけが欠けた形だが、琉球新報も朝日もが入っているから、大差はあるまい。各紙社説タイトルとURLは以下の通り。
(1)産経 日韓首脳会談 「融和」外交が禍根残した http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111219/plc11121903190003-n1.htm
(2)日経 経済主導で日韓の対立を乗り越えよう http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E5E1EBE4E4EAE2E3EBE3E0E0E2E3E38297EAE2E2E3?n_cid=DSANY001
(3)読売 日韓首脳会談 慰安婦で安易な妥協は禁物だ(12月19日付・読売社説) http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20111218-OYT1T00763.htm?from=any
(4)毎日 慰安婦問題 原則曲げずに対応を http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20111219ddm004070004000c.html
(5)朝日 日本と韓国―人道的打開策を探ろう http://www.asahi.com/paper/editorial20111219.html?ref=any
(6)東京 日韓首脳会談 償いは現実的な対応で http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011121902000044.html
(7)琉球新報「慰安婦」問題 国の責任を明確にせよ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-185305-storytopic-11.html
例によって比較表の評価項目は、産経と朝日の社説を横目で見ながら決めた。
(1) 「従軍慰安婦」の正当性
(1) 「従軍慰安婦」の正当性
(2) 「日韓基本条約」の位置づけ
(3) 「日韓基本条約」以降の経緯
(4) 日本政府の取るべき道
(5) 韓国政府の取るべき道
(6) その他

比較表の方は例によって、朝日の方の主張を赤字で、産経の方の主張を青字で、両紙にはない主張で各紙独自の物は太字下線で示した。
当ブログ名物(*1)「社説比較」シリーズ始って以来の一貫した主張は、「日本の新聞を比べるならば、産経と朝日を比べるのが手っ取り早い」である。この上に、もう一つの当ブログ主張「社説こそ、各新聞社の「顔」であり、( 流動激しい情報メディア業界に於いてはなおの事 )「新聞の存在理由」の少なくとも一翼を担っている」を重ねるならば、当記事のような「社説比較」は、朝日と産経のそれぞれの面子と存在理由を賭けた「決戦場」と言う事が出来る。当ブログでは朝日と産経を「左右の横綱」(*2)などとも呼び習わしているから、当「社説比較」シリーズは、正に千秋楽の大勝負、とも言える。
で、今回は上述の通り、左右両横綱は愚かレギュラーメンバー揃い踏みに、東京と琉球新報まで飛び入りしているそのテーマは、「日韓首脳会談」。
何しろ、直前に韓国に日本大使館前に「従軍慰安婦の像」と称する少女像が違法建築され、韓国・李明博大統領が慰安婦問題を最前面に押し出し、「優先的に解決する勇気を持たなければならない」と野田佳彦首相に政治決断を迫り、野田ドジョウは「わが国の法的立場は決着済み」としながら、「これからも人道的見地から知恵を絞ろう」と応じる始末であるから、これはまあ、盛り上がる社説テーマだ。言い換えれば、比較のし甲斐がある。
「比較のし甲斐がある」のは、一つには左右の対立軸が明確にあり、それぞれの立場主張が異なるからだ。
例えば今回典型的なのは、比較項目(1)「 「従軍慰安婦」の正当性」である。今回七紙が参加した社説比較に於いて、「所謂「従軍慰安婦」を日本政府ないし日本軍が関与して強制連行したという証拠は何一つ無い」と言う事を明記しているのは産経唯一紙である。朝日を始めとする大半の新聞はこの事実に触れない事で、間接的に「従軍慰安婦」に一定の「正当性」を認めていると断じて良かろう。
断じるまでもないのが、案の定、「琉球新報」だ。
琉1> アジア太平洋戦争中、中国や朝鮮半島などから女性が暴力的に拉致されるなどして、日本軍による性暴力被害に遭った。
琉2> 未成年の少女たちも多く含まれていた。軍や警察の統制下で移送され、居住の自由、外出の自由もなかった
などと言う「慰安婦残酷物語」を、臆面も無く、それも「軍や警察の統制下で移送され」と事実無根なことを明記して、我が先人たる大日本帝国並びに大日本帝国陸海軍(*3)の名誉を不当に毀損してくれる。死人に口なしとは言え、いつもながらの非道ぶりに、「案の定」とは思いつつ、怒りを禁じえない。
二つ目の対立軸は、比較項目(2)「日韓基本条約」の位置づけ である。その根底の認識『日韓の財産・請求権に関する問題は、65年の国交正常化に伴う協定で「完全かつ最終的に解決された」』では今回の七紙中六紙共通の認識であるが、その後に「だから」と順接が続くか、「だが」と逆説がづくかで2グループに分かれた。
「だから」で順接なのは、産経、読売であり、日経が「是に準じる」と言うところ。
産経の主張は先述の六紙共通認識に基づき
産1> 野田首相はもっと以前から国際法の原則と順守を李大統領に伝え、
産2> この問題で一切協議に応じないことを明確に断言しておくべきだった。
と明確に断じるし、読売も
産経の主張は先述の六紙共通認識に基づき
産1> 野田首相はもっと以前から国際法の原則と順守を李大統領に伝え、
産2> この問題で一切協議に応じないことを明確に断言しておくべきだった。
と明確に断じるし、読売も
読1> 政府は、この立場を堅持すべきだ。
読2> 歴史認識にもかかわる問題であり、仮に「人道的な見地」から中途半端な措置を取っても、
読3> 韓国側を満足させることは困難で、問題を複雑化するだけだろう。
と断じる。つまりは、「人道的見地なぞ無駄だ」と、明快極まりない。
読2> 歴史認識にもかかわる問題であり、仮に「人道的な見地」から中途半端な措置を取っても、
読3> 韓国側を満足させることは困難で、問題を複雑化するだけだろう。
と断じる。つまりは、「人道的見地なぞ無駄だ」と、明快極まりない。
其処へ行くと日経は可也弱気になって、
日1> 日本政府が協議に応じれば、戦後賠償をめぐる係争は際限がなくなる。
日1> 日本政府が協議に応じれば、戦後賠償をめぐる係争は際限がなくなる。
と論じつつ、
日2> 必要なら、ほかの方法で誠意をみせていくしかない。
と言うから、つまりは先頃の「従軍慰安婦基金」と同様「民間での対応ならば可」と言う立場である。
と言うから、つまりは先頃の「従軍慰安婦基金」と同様「民間での対応ならば可」と言う立場である。
是に対し、先述の六紙共通認識を持ちつつ、朝日、毎日、東京は、逆接が続く。
朝1> けれども、正常化交渉の当時に想定していなかった問題が後になって出てきた。
朝2> 元慰安婦はその典型的な例だ。
朝1> けれども、正常化交渉の当時に想定していなかった問題が後になって出てきた。
朝2> 元慰安婦はその典型的な例だ。
毎1> 日本側にも道義的な責任はある。
毎2> 野田首相は「人道的な見地」で対応する考えを示したが、
毎3> 外交の原則を曲げない範囲で知恵を絞る工夫は大事だろう
毎2> 野田首相は「人道的な見地」で対応する考えを示したが、
毎3> 外交の原則を曲げない範囲で知恵を絞る工夫は大事だろう
東1> ただ、過去の償いで未解決なものがあると日韓双方が確認した場合には、現実的な対応を模索したい。
実に笑える主張だ。朝日の言う「想定しなかった問題」、毎日の言う「道義的責任」、東京の言う「日韓双方が確認した未解決な過去の償い」なんて物を認めるならば、『日韓の財産・請求権に関する問題は、65年の国交正常化に伴う協定で「完全かつ最終的に解決された」』と言うのは嘘であり、賠償の材料=強請りのネタ=金蔓は、他に後からいくらでも出て来うると言う事になる。正に、上記読2>~読3>及び日1>の読売や日経が危惧するとおりだ。
実に笑える主張だ。朝日の言う「想定しなかった問題」、毎日の言う「道義的責任」、東京の言う「日韓双方が確認した未解決な過去の償い」なんて物を認めるならば、『日韓の財産・請求権に関する問題は、65年の国交正常化に伴う協定で「完全かつ最終的に解決された」』と言うのは嘘であり、賠償の材料=強請りのネタ=金蔓は、他に後からいくらでも出て来うると言う事になる。正に、上記読2>~読3>及び日1>の読売や日経が危惧するとおりだ。
それが他人の懐ならば、強請りを焚き付けるのも、趣味は悪い物の面白そうではあるが、「日本の国家賠償」と来れば、払われるのは国民の血税以外の何だというのだ。斯様な強請による盗人に追い銭こそ、「仕分け対象」とすべきであろうに、その強請を奨励するとは、一体何事であろうか。
この六紙共通認識を明記していないのは、「案の定」琉球新報で、この比較項目(2)に「言及なし」だ。「65年の国交正常化に伴う協定」にすら言及していない。美事なまでに「筋が通っている」ことよ。
以上二本の対立軸からすると、評価項目(4) 日本政府の取るべき道 の差異は明らかだ。産経と読売は上記六紙共通認識の堅持を訴え、日経は「日韓経済関係の発展」で「歴史観対立」が薄れる事に期待する。毎日は「女性の権利」やら持ち出して「外交の原則を曲げない範囲」で「知恵を絞れ」と言い、朝日は「人道的立場から日韓両政府は打開策を見出すべきだ。」と言い、東京は「人道的に着地点を見いだしていく」と、揃いも揃って綺麗事を抜かす。が、それが半島の強請に膝を屈した税金の献金で有ることはおくびにも出さない。
凄まじいのは「やっぱり」琉球新報だ。
流3> 国の責任を明確にし、被害者に謝罪と賠償を行い、名誉を回復しなければならない。
つまり、先人の名誉を貶めて食い物にして、現世の「名誉を回復しなければならない」と公言する。ああ、なんと「首尾一貫」している事か。
以上からすると、恒例の「各紙社説の不等式化」は、残念ながら不等式にならず、次のようになるだろう。
合格: 産経、読売、日経(ギリチョン)
不合格: 朝日、毎日、東京
認定:強請り名人・琉球新報
以上からすると、恒例の「各紙社説の不等式化」は、残念ながら不等式にならず、次のようになるだろう。
合格: 産経、読売、日経(ギリチョン)
不合格: 朝日、毎日、東京
認定:強請り名人・琉球新報
今回の日韓首脳会談と、それに先立つ「従軍慰安婦像」の建設は、以前の記事「私の半島観」に記したとおり、「かつては好きだったが、今は嫌いになった韓国」を、益々嫌いにさせてくれている。
<注釈>
(*1) かどうかは、正直判らない。似たような社説比較、社説検証は、各紙自身がおおよそ月に一回ペースで行なっているようであり、当ブログに引用した事もある。が、当ブログのように「社説を分解して比較表」に仕立て上げている社説比較は、他では見たことが(まだ)ないから、秘かな自慢だったりする。
絵や図表や写真の少ない、テキスト本位の当ブログでは、数少ない「画像供給記事」でもある。(*2) 「ぬくぬく」さんなんかに言わせると、産経は「保守」ならぬ「阿呆守」なのだそうで、私自身「阿呆守」などにならぬよう、重々気をつけねばならないと自戒するが、他に「右の横綱」と呼べる新聞を思いつかないのも事実。「朝雲」は日刊紙じゃないしなぁ。(*3) 「我が」である。日本人であるならば、大日本帝国も、大日本帝国陸海軍も、我らが先人であるから、「我が先人」にしかなりようが無い。従って、彼らの罪が我らの罪であると、少なくとも同等に、彼らが名誉は、我らが名誉である。
死人に口は無く、先人たちは自らの名誉を自ら守る事は叶わない。
故に、我が先人の名誉は、我らが守らねばならない。それをしないと言う者は、その子孫に己が名誉を守ってもらえるなどと、期待すべきではない。私は、私の名誉を、私の子孫に守ってもたいたい。故に、私の先人の名誉を、私は守る。