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漫画「ドリフターズ」の火薬
考えてみれば当たり前なのだが、ファンタジー世界といえどもこの世の物理法則を全く無視するほどの荒唐無稽な世界ではありえない。そんな世界は普通の人間には想像することさえ難しいから、仮にそんな荒唐無稽な世界を小説なり映画なりにしても、理解する事すら覚束ないだろう。楽しめるかどうかは、小説家や脚本家或いは監督の技量による所大かも知れないが、小説や映画として、ストーリー・筋を楽しませるためには「この世の物理法則を全く無視するほどの荒唐無稽な世界」と言うのは、少なくとも大変な難題・障壁となろう。
通常のファンタジーならば、特に断らなければ人間は二本づつの手足を持って二足歩行を実施し、刀剣で斬られば血が出るし、それを楯で受ければ衝撃を受ける。投げた石は何もしなければやがて地面に落ちるし、弓や弩で遠くを射ようと思えば、高い角度で射なければならない。この世の物理法則は、一般的にはファンタジー世界でも有効であるし、そうでないときは、特記しないと読者・視聴者にはわからない。
であらばこそ、章題にもした漫画「ドリフターズ」で、この世ならざる世界に飛ばされた織田信長が、持参した火縄銃で敵を倒し、鉄砲と火薬の量産に奔走するのも、理に適っているのである。
平野耕太作の漫画「ドリフターズ」の異世界は、エルフやドワーフなどのの亜人間が人間と共存し、ドラゴンやゴブリンなどからなる軍勢が人間世界に攻めて来る世界。お札を貼ると言葉が通じたり、御札から石の壁が出現したりするから、魔法的要素もあるし、ドラゴンはその巨体に関わらず空を飛んで火を吹くから、この世ならざる「ファンタジー要素」には事欠かないが、火薬は正常に反応するし、弾丸もこの世と同様に飛ぶらしい。(※1)
関が原の合戦、烏頭坂の戦い。島津義弘率いる薩摩軍の敵中突破撤退戦から話は始る。叔父・義弘の撤退を援護して、獅子奮迅の働きを見せる島津豊久が、瀕死の重傷を負いながらたどり着いたのは、上記の異世界であった。現世のあちこちの時代から異世界に飛ばされた人間は、魔物の軍勢率いて人類世界を脅かす黒王に加担する「廃棄物」と、人類世界に属する「漂流者・ドリフターズ」に別れ、世界の存亡を賭けた戦いを始めようとしていた。そんな異世界に飛び込んだ島津豊久は、先に異世界に来ていた織田信長、那須与一と出会い、共に「国獲り」を始める・・・・
この世から異世界に飛ばされた「漂流者」は、わかっている限りでは以下の通り。
(1)ハンニバル・バルカ カルタゴの将軍。稀代の戦術家。
(2)大スキピオ 古代ローマの将軍。ハンニバルのライバル。史実ではお互い尊敬していた筈だが、この漫画では仲が悪い。でも実力は認めている。
(3)那須与一 平家物語のヒーロー。弓の名手。
(4)織田信長 戦国時代のヒーロー。第六天魔王(自称)
(5)島津豊久 島津家久が子。島津義弘が甥。薩摩隼人の見本。
(6)ブッチ・キャシディ 西部開拓時代末期のガンマン。ワイルドバンチ強盗団リーダー。二丁拳銃(リボルバー)持参。
(7)サンダンス・キッド 西部開拓時代末期のガンマン。ワイルドバンチ強盗団メンバー。ガトリングガン持参。(※2)
(8)山口多聞 大日本帝国海軍少将、航空戦の達人。空母「飛龍」つき。(※3)
(9)菅野直 大日本帝国海軍大尉・エースパイロット。「新撰組」隊長。紫電改戦闘機に搭乗。(※4)
で、先述の通り、この世界で豊久担いで国獲りを始めた織田信長がご執心なのが、鉄砲と火薬である。
「この鉄砲の進化で、武士の世も、騎士の世も、終る。
だから何があっても、ここでも、鉄砲を造らにゃぁ、ならんのよ。」―織田信長―
真っ先に「解放」したエルフ達に命じて便所と家畜小屋の土を集めさせ、殺した敵の死体を糞尿と土に混ぜて盛り上げ「硝石丘」とし、持って来た火縄銃を見本に、その複製を依頼する。この異世界で「漂流者・ドリフターズ」を束ねる魔導師の組織・十月機関のオルミーヌさえ理解できない、火薬の製造に着手している。
此処で注目すべきなのは、この異世界で火薬を作り出そう何て酔狂な事やっているのが、織田信長だということだ。無論、信長の革新性,進取の気概は夙に知られているところであるが(※5)、ほぼ時代順に並べた上記漂流者・ドリフターズのリストの内、(4)信長以降の人間はみな火薬を知っているはずだし、上記(6)、(7)、(9)に至っては火薬による武器を主要兵装としているのである。
にも拘らず、「この異世界で火薬を作り出そう」とするのは、火薬による武器の黎明期(※6)にあった織田信長だけ。
理由はおおよそ見当がつく。上記(6)(7)はアメリカ人であり、南米の豊富なチリ硝石で火薬は作れてしまうから、「ナントカして硝石を探そう。」ぐらいは思いついても、硝石を作る方法なんて、知りそうにない。上記(8)(9)は火薬に拠る兵器使いまくりの20世紀の人間だが、空気中の窒素から硝酸を作り出せるハーバーボッシュ法が発明・普及した後の人間だから、火薬を作るのにチリ硝石すら要りはしない。
つまり、チリ硝石なんて便利な物があるかどうかも定かではなく、工業技術が(ファンタジー世界の定番)中世並みであって高圧高温状態なんて維持できない(※7)この異世界で、実践できる火薬製造法を知っているのは、上記ドリフターズの中では織田信長と島津豊久ぐらいなのである。
従って、この異世界で、織田信長が火薬と鉄砲の量産に着手し、一定の成果を上げているという漫画「ドリフターズ」のストーリー(※8)は、理屈が通っており、理に適っている。
<注釈>
(※1) そうでなければ、火縄銃で狙って撃っても当たるまい。(※2) 但し、弾はもうあまりない。(※3) 但し、座礁している模様。それにこいつは、一人二人で動かせるシロモノではない。(※4) 但し、エンジン不調。「誉」だからなぁ。燃料も心許ない。(※5) 或いは、「イメージとして定着しているところ」。(※6) 少なくとも、我が国としての黎明期。但し、その黎明期直後の朝日の輝きは、まばゆいばかりに世界を照らしている。豊久が戦った関が原合戦の年1600年には、我が国の鉄砲保有量は世界一だった。Yes We Can! 我らは為せる -鉄砲伝来に見る新技術の吸収- : http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/26868675.html(※7) 従って、ハーバーボッシュ法は実行できない(※8) メインのストーリーではないが。
ハードファンタジー(仮称)は新ジャンルとなるか?
先述の通り、ハードSF作家として有名なJ.P.ホーガンがファンタジー(一応)を書き、ハードSFファン(私)でも納得できるようなファンタジーも散見されるようになったファンタジー業界(※1)に於いて、それならば、ハードSFのカウンターパートとなる「ハードファンタジー(仮称)」は、新たな一ジャンルとして確立するのだろうか。
ファンタジーが、不況業界と言われるようになって久しい出版業界にとっての、神風とは言わぬまでもカンフル剤トしての役割を果たしたのは、衆目の一致するところだろう。その典型は、映画化されて映画も好調な「ハリー・ポッター」シリーズであり、その同工異曲のファンタジー小説群だろう。私は映画も小説もこの類は見ていないのであるが、それ即ち「私の食指を動かすほどではなかった」と言う事でもあれば、「どうも、ハードファンタジー(仮称)ではないようだ」と言う事でもある。
少なくとも、現存する、そして相応に数の居る、ハリー・ポッターファンを含むファンタジーファンにとって、ハードファンタジー(仮称)のハード的要素、即ち理論的整合性だとか、筋道の通った理屈だとか、理路整然さ(※2)が、新味にはなっても魅力的であるかは相当に疑問とせざるを得ない。となると、少なくとも「ハードファンタジー」と銘打って、新ジャンルを売り出すとか、新たな作者を宣伝するような事には、出版会は二の足を踏むだろう。未だハリーポッターシリーズ人気にさして陰りが見えないならば、なおさらだ。
即ち、出版業界の方から「ハードファンタジー」なる「理に適った」「論理的に整合している」ことを売り物としたファンタジーが売り出されることは、なさそうである。事実、「まおゆう」こと「魔王勇者(※3)」も「ドリフターズ」も、そんなことを宣伝文句にはしていない。
即ち、「ハードファンタジー」と言うのは、今だ新ジャンルではなく、せいぜい「秘かなマイブーム」と言う事になろう。
<注釈>
(※1) あまり良いネーミングではない事を承知しつつ・・・(※2) 無論、ファンタジーであるし、小説なり映画であって解説書でも「○○ダス」でもなければなければ、その部分だけ縷々説明する必要はないのだが。(※3) これは、「2チャンネルの即興小説が話題になって・・・」、と言う方がはるかに話題になって宣伝されている。私が読んだのは、偶々漫画を立ち読み出来たからだし、「2チャンネル云々」も「会話文だけの小説形態」も、漫画を読んだ後に知った。
ならば、行って我らの正統な遺産を要求しようではないか。
前章で考察の通り。「ハードファンタジー(仮称)」ないし「ハードである事を売り物にしたファンタジー」が出版業界から売り出される公算は小さい。だが、ハードSFファンたる私は、先述の「ハードであるファンタジー」に聊か興味を覚えているし、これからもそんなファンタジーを探し続けるだろう。出版業界の意図せざる、或いは今までなかったような小説が大いに売れてしまう例はあるし、先述の「まおゆう・魔王勇者」が2チャンネルと言う「ネット上の掲示板」から話題になって、出版化してしまった、と言う事は「2チャンネルに端を発する話題の小説」の恩恵を、出版業界自身が受けている、と言う事でもある。
それは同時に、紙ベースの出版物と言う形を介さずとも、小説や漫画が広く知られる事がありうるIT技術の賜物でもあるから、先述の通り出版業界が宣伝する気がないであろう「ハードなファンタジー」がネット上に登場して話題になり、広く読まれることがありうる、と言う事だ。
或いは、さらに想像の翼を広げるならば、私自身がそんな「ハードなファンタジー」小説を書いてしまい(※1)、ネット上に公開することもできよう。
それこそ、ファンタジー=荒唐無稽、だろうか。
だが、当ブログにも僅かばかりだが私の書いた小説はアップされている。嘘をつく才能さえあれば、小説なんざ誰だって書ける筈だ。
(1) 小説「我輩は高速艇である」 http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/31361054.html
「ハードなファンタジー」を求める私が、「ハードファンタジー」小説を書いてしまうというのは、それこそ、理に適っていよう。
「ならば、行って我らの正統な遺産を要求しようではないか。
我々の伝統に敗北の概念はない。今日は恒星を、明日は銀河系外星雲を。
我々を止められる力など、この宇宙には存在しないのだ。 」 J・P ホーガン「星を継ぐもの」から、クリス・ダンチェッカー教授
如何に、読者諸君。
<注釈>
(※1) 我が画才からして、漫画は無理だ。だが、小説ならば・・・