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 私は飛行機が好きだ。「私は鉄道マニアではない。」とはいくつかの記事で強調してきたが、飛行機マニアであることなら喜んで認める。だから当ブログにも「空だ、男の行くところ」何てコーナーがあるし、飛行機に関する記事も「普天間基地移設問題」ほどの数ではないが書いている。フライトシミュレータや空戦ゲームは「やったものもある」程度だが、中には大いに気に入ったゲームもある。
 
 であるからして、飛行機の操縦をした経験はないが、操縦法はある程度知っている。世にある空戦ゲームの多くが、「操縦桿一本で操縦できてしまう」のはおかしいと、知るぐらいの知識もある。その知識からすると、タイトルにもした通り、「全日空機背面飛行トラブル」の報道には、幾つも疑問符がつく。
 
 概ね、飛行機の胴体は回転体と見なせる。その胴体の回転軸を、「機体軸」と呼び、この機体軸周りの回転を「ロール」と言う。機体を左右に傾ける動きだ。
 機体軸に対して垂直で機体下面の方を指す軸を想定し、この軸周りの回転を「ヨー」と言う。機首を左右に振る動きになる。
 機体軸と、上述の機体下面を指す軸の両方に直交する軸、大凡主翼と平行になる軸を想定し、この軸周りの回転を「ピッチ」という。機首を上下させる動きだ。
 上記の「ロール」「ピッチ」「ヨー」は船舶でも使われる言い方だ。飛行機の操縦は機体をこの3軸周りに回転させて、速度方向に対し主として主翼の角度を変え、発生する空気力を変える事で行われる。操縦装置の内、「ピッチ」と「ロール」を担うのが操縦桿で、昔ながらの1本操縦桿ならば(※1)これを前後に倒すことでピッチを、左右に倒すことでロールを制御する。旅客機や輸送機のハンドル型操縦桿ならば、ハンドルの押し引きでピッチ、左右へ廻すことでロールを制御する。
 然からば、残りのヨーは、と言うと、足下にあるペダル「フットバー」で操作する。
 
 操舵面で言うと、ロールは主翼後縁翼端付近にあるエルロンが担うのが普通であるし、ピッチは水平尾翼が、ヨーは垂直尾翼が担う。エルロンの代わりにスポイラーと呼ばれる「突き出し棒」を使う機体もあれば、離着陸時に使う高揚力装置フラップとエルロンが兼用の機体もあるし、水平尾翼と垂直尾翼を兼用させたV字尾翼何てのもあるから、舵面の形や役割分担はバリエーションがあるが、基本は上記の通りだ。これは、小はライトプレーンから、大はジャンボジェットや戦略爆撃機B-52や輸送機C-5に至るまで変わらない原理的には、飛行機は、旅客機から超音速戦闘機まで、似たような飛び方をしているのだ。
 
 一方、報じられる全日空機のトラブル「殆ど背面飛行」は、特殊飛行の一種「スプリットS」に近い。インメルマン・ターンの後半で、操縦で言えばロールして背面飛行に入れ、ピッチアップ=機首上げする。背面飛行に入っているから、機首上げで機首は地面方向を向く、即ち「下がる」。これを続けて下向きに半宙返りするのが「スプリットS」。曲技飛行機はもちろんのこと、戦闘機や攻撃機のような機体に運動性・機動性・俊敏さを求められる機体ならば(※2)やって当たり前の機動であり、またやれるように設計している。
 
 旅客機や輸送機、戦略爆撃機のような大型の機体では確かに滅多にお目にかからない機動だ。今回全日空機のトラブルが「旅客機としては初めてのことかも知れない」という報道もあるが、ありそうな話ではある。
 
 ではこのトラブルに対し、引用した産経報道がタイトルにしたとおり、「よく立て直せた」とか、或いは別の報道で「立て直せたのは偶然」とあるのは、正しいだろうか。
 
 少なくとも「立て直せたのは偶然」という報道は間違いだと、引用記事は間接的に言っている。
 
1>  大手航空会社では、背面飛行からの回復を
2> フライトシミュレーターを使って訓練することになっている
 
 フライトシミュレータで回復する手順を訓練できてしまうのだから、偶然や強運何て無くても回復できる筈だ。全日空はどう考えても大手航空会社だから、今回トラブルにあった操縦士も、当然背面飛行からの回復手順は訓練されているはずで、訓練通りにやれば回復するのが当たり前だ。
 
 大体、先述の通り飛行機の操縦は原理的には戦闘機も旅客機も変わらないのだから戦闘機の出来るスプリットSを原理的には旅客機でも出来る筈だ。
 
 難しいのは、スプリットS何て特殊機動を考えて強度設計されていない旅客機を壊さないように「優しく」スプリットSさせること。これには訓練、少なくとも座学が必要だろう。機体を安全にロールさせ、引き起こす限界を知っておかないと、下手すると空中分解だ。
 
 逆に訓練なり座学なりを受けていれば、今回の「背面飛行」からの回復は、異常事態ではあっても緊急事態ではない。正しくアクシデントではなく、インシデントだ。
 
 但し、引用記事の最後にもあるとおり、高度を違えた航路帯を飛ぶ他の旅客機にニアミスないし空中衝突しなかったのは、偶然と言える。とは言え、ニアミスぐらいならまだしも、空飛ぶ旅客機同士が空中衝突なぞ、意図したって簡単ではない事ではあるが。
 
 従って、今回の全日空機とラブルからの回復と生還を「奇跡的」と呼ぶのには、私は大いに異議がある。実践は初かも知れないが、これは訓練が訓練通りに発揮された、当然の結果である。
 
 今回トラブルの問題点は、「背面飛行からの回復」よりも寧ろ、「何故背面飛行にまで至ったか」である。他の報道によると、トイレから戻った操縦士のために操縦席のドアを開けるスイッチと、「尾翼にある左右の方向舵を調整するスイッチ」を誤って操作した結果だと言うが・・・
 
 多くの旅客機では垂直尾翼は1枚、水平尾翼は左右に各1枚の2枚であり、この旅客機(※3)もそうだ。で、「方向舵」は垂直尾翼に着いているものを指す。これは左右に動くが、「左右」にはない。その上、上述の通り垂直尾翼はヨーを司る舵。動かしても機首を左右に振るのが主で、ロールは殆どしない余りしないで、「左右の方向舵」とはこれ如何に。
 
 一つの解釈は「左右の水平尾翼の差動を調整するスイッチ」である。「差動」である。「作動」では無い。左右の水平尾翼の角度を違える事で、普通は機体の傾きを補正するためにするが、これを使えば、機体をロールさせられる。モーメントアームは短いから、主翼端近くにあるエルロンほどには効きそうにないが。
 
 何にせよ、原因究明と正しい報道が、期待される。

 

<注釈>

(※1) 戦闘機や攻撃機は今でも一本操縦桿だ。
 
(※2) たまーに、運動性の鈍さか不安定さで出来ないくせに戦闘機や攻撃機になってしまう奴がいて、そう言う奴は大概非道い目に遭う事になる。
 
(※3) 旅客機ほど外形に差違が出にくい機種も少ない。