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 報じられているのは、自衛隊史上最大の作戦である東日本大震災救援復旧活動でその全軍、即ち10万を超える陸海空自衛隊統合部隊と、トモダチ作戦に馳せ参じた米軍2万人を指揮した君塚陸相、もとい、陸将に対するインタビュー。
 
 何も言わない。黙って読む可し。
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史上最大の作戦(上)災統合任務部隊指揮官・陸将 君塚栄治 


 ■キャリアすべてを被災者のために
 東日本大震災から3カ月が過ぎた。巨大津波が襲った東北の被災地で存在感を示したのは、災害支援で初めて陸海空統合の10万人規模という大部隊を展開した自衛隊だった。がれきをかき分け9千人を超える死と向き合う過酷な任務、給食支援だけで400万食を超えた膨大な被災者支援。史上最大の作戦に、指揮官はどう挑んだのか。(文 石田征広)
 --これほどの巨大地震を予想されましたか
 君塚 宮城県沖地震が来るというのは予期していました。2年前に着任した際、『今後30年間に99%の確率で起きる』と、マスコミが枕詞を使っている現実を見て普通じゃないなと。観光客が来ない、あるいは土地の値段も安くなるようなことを普通は言わない。我々もいつか来ると思っていたし、準備もしていた。
 --大変な災害だというのが分かってきたのは
 君塚 全容が分かってきたのは次の日が明けてからです。ただ、ヘリを飛ばしていますから、津波が押し寄せてくる映像は撮れている。津波が襲ってきて陸地をなめていく姿を見たら想定とどうも違うぞと。北は青森県の八戸もやられ、南は福島県のいわきもやられる。われわれの予想を超えた広さでした。
 --最初の決意は
 君塚 最初に心に誓ったことは大きく2つ。統合指揮官として1つ加えると3つ。1つ目は最終バッターだという気持ち。最後の砦(とりで)、我々の後はないという気持ちは強かった。次にここにいるのは運命だと思った。私が三十数年間培ってきたノウハウ、キャリアをこの場にいることを運命と思ってすべてを使い果たす。被災者のために尽くそうと。
 --指揮官としては
 君塚 自衛隊の災害派遣で初の統合部隊で、しかも米軍も2万人来ますから、そこをどう束ねていくか、調整していくかという任務の重さを思った時、マニュアルのない、誰もやったことがない世界です。私の前には獣道もない、何もない。それでも私の後には道ができる。評価は後世の歴史に委ねる。腹をくくって思い切りやろうと。
 --部隊にはまずスピードを求めていましたね
 君塚 目的は被災者の救助救援ですから。早く即応できる者がやる。陸海空いろいろなところから増援に来てもらってます。同じ価値観と同じ目標に向かってやらないと、てんでバラバラになってしまいますから。
 --米軍との調整は
 君塚 はっきり言って大変でした。米軍2万人も被災者の救済に活躍してもらおうと思ったが、それは私たちの調整能力にかかっている。いかにその力を東北の被災者のために有効に使うか。彼らもそれを望んでいました。ポイントは2つ。1つは互いの信頼感。2つ目は彼らに見合う任務を提供することでした。
 --米軍との信頼感とは
 君塚 米軍が入ってきてすぐ、ここの放射能いくつなんだと。我々も日々測っていて、陸上自衛隊の基準以下になっているから全然心配ないと言っても彼らは信用しないわけです。お互い毎日、それぞれの結果を見せ合うことで信頼醸成をやりました。
 --津波による泥とがれきに埋もれた仙台空港の復旧・再開をはじめ、見事な連携に見えました
 君塚 米軍に良い仕事を見つける、仙台空港は最初のヒットです。我々も早く飛行場を開けてほしい。ゆくゆくは民間機が飛ぶようにしたい。彼らの持っている能力は何だと聞いたら飛行場を整備する、あるいはゼロから管制する能力を持ってきているという。じゃあそれをやってくれと。報道ベースにはなってませんが、メーン滑走路の車などを1日でどけてきれいにしたのは国土交通省が契約した日本の業者なんです。日本の国は大したもんですよ。
                  ◇
【プロフィル】君塚栄治
 きみづか・えいじ 昭和27年、神奈川県生まれ。58歳。陸上自衛隊東北方面総監。51年防衛大学校(土木工学専攻)卒。2度の米国留学を経て、陸上幕僚部の防衛課長、人事部長などを歴任、平成21年に東北方面総監に就任した。趣味はスキューバダイビングと登山というアウトドア派。

史上最大の作戦(中)災統合任務部隊指揮官・陸将 君塚栄治 

基地維持の人・機能が重要
 --自衛隊の活躍には感謝の声がすごい
 
 基地維持の人・機能が重要君塚 指揮官としてうれしい。われわれがやってきた仕事、活動が評価された。役に立ったと感謝されたことは率直に喜びたい。
 --この3カ月間、隊員に特に徹底したことは
 君塚 3つあります。1つ目はご遺体に関しては生きている方のように丁寧に扱い、すべて敬意を払ってやるようにと。ハートが傷ついたり、精神的に病んだりした隊員も出ましたが、心のケアはチームで組織で十分やりました。2つ目は『先憂後楽』。先に憂えて後で楽しむを徹底させました。被災者を助けるのが第一ですから、例えば、冷たい缶詰飯をトラックの中で食べ、被災者には温かい食事を提供する。被災者には温かい風呂を提供するが、自分は週に1度しか入らない。先に被災者に楽していただいて、指揮官としては最後まで徹底して厳しい任務に邁進(まいしん)させました。
 3つ目は、活動の重点を徐々に生活支援主体に転換する中で、物や形のある物資だけでなく、希望を届けていくことができないかと考えた。そんな時に、ある部隊が『がんばろう みやぎ』のシールをつくって貼っていた。これは良いアイデアだと、10万人全員にこれを貼れと。頑張ろうという気持ちと被災者に希望のハートを届けるものにしようと徹底させた。
--隊員に対してどんな評価をされていますか
 君塚 それは国民が評価すること。あるいは被災者からありがとうと言ってもらう言葉に表れているのではないかと思っています。指揮官として、隊員、部隊を誇りに思います。それは外の人に言うべきじゃないのかもしれないが、聞かれたらそう答えたいですね。
 --長期作戦で課題も見つかったと思いますが
 君塚 基地を支える業務隊が重要と思い知った。普段、この駐屯地(仙台)が抱える隊員は2千人弱です。2千人に食事をさせ、いろいろな物資を支給する能力しかない。それが一時期、5千人が寝泊まりしていました。そうすると、食事だって2回転半しないと間に合わないし、単純にいうと昼飯が夕飯になってしまう。パンク状態になったわけです。駐屯地を支えてきたのは業務隊。これがご承知のように削減の対象になって事務官、自衛官がどんどん減った。
 --そんなことが起きてたんですね
 君塚 ガス・水道・電気が止まってガソリンもないといったときに、駐屯地には作戦用のガソリンや灯油がある。あらゆる省庁がガソリンの提供を受けに仙台や多賀城に来ました。
 --多賀城駐屯地には津波が押し寄せましたね
 君塚 津波と地震にやられましたが、あそこにある燃料タンクはパイプが大きくずれながら切れなかった。数年前に機転を利かせ、万が一、地震がきてパイプがずれても切れないようにジョイントをフレキシブルにした。だから、かなりの量の燃料が助かった。うちの飛行機がずっと飛び続け、車も全部動き回れ、ガソリンも皆さんに提供できた。基地を維持する人、機能が重要だということです。平素、無駄な部分があるからとどんどん減らしていくと、いざというときに自己完結能力がなくなってくる。これは教訓です。(石田征広)
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将たる者の器

 如何であろうか。
 
 インタビュー記事としてはこの後に「(下)」があるのだろうが、そこまで記録するとYahooブログの文字制限=5000字を越えてしまいそうなので、此処で一旦記事にしよう。産経の記事なので記事への直接リンクも貼れるのだが、残念ながら半年も経つとリンクを切られてしまうから、斯様な記事は全文転載としたい。
 
 当方の率直な感想と言うと・・・先ずは君塚陸将に満腔の敬意を表したい。実に美事なものである。
 
 「勇将の下にに弱卒なし」と言う。帝國海軍きっての撃墜欧・岩本徹三は大東亜戦争(太平洋戦争)を戦い抜いた経験から、「指揮官さえまともなら絶対に負けない。」と豪語する。それほど、上に立つ者、指揮を預かる者の資質が致命的に重大だということだろう。
 
 言うまでも無いが、東日本大震災と、それに伴う津波、さらには福島原発事故という戦後最大の災厄に対する最高指揮官足るべき者は、自衛隊三軍の指揮官にして日本国首相、即ちあの「歩く政治空白」「ルーピー以下」オッペケペーの菅直人である・・・筈だ。
 
 良くもまあ、ああも箸にも棒にもかからない最高指揮官の下に、これだけの「勇将」があったモノだと感心するやら安堵するやらである。今回の東日本大震災、津波、原発事故に於いては、日本人の、被災者の、さらには自衛隊三軍と米軍の、秩序と治安、規律と節度、忍耐と人情は、ある意味「理想的被災地」を実現したと言って良かろう。その功績の一端はこの君塚陸将に帰されるべきだろう。
 
 インタビュー記事だから、発言が要約されているという事もあろうが、それにしても回答が美事だ。「3つあります」「2つあります」最初に要点の数を明示して、各ポインwoを手短に説明する。軍人らしい要領の良さと言えそうだが、それにしても、長いだけでサッパリ要領を得ない鳩山や菅とはえらい違いだ。
 
 その各ポイントの中身がまた美事だ。
 
 例えば「最初の決意は」と問われての回答に曰く、
 
1> 最終バッター、最後の砦と言う気持ち
2> ここに居るのは運命であり、今までのノウハウキャリアを全て使い果たす
 
実に明快で、飾らない、それで居て核心を突いているし、実績もある。比べるのでさえ恥ずかしいが、「命がけ」だの「重く受け止め」だの連発しながらロクに実行していない現首相や前首相との違いは歴然だ。
 
 それで居て、「隊員に対する評価」を問われての答えに曰く。
 
3> 指揮官として、隊員、部隊を誇りに思います。
4> それは外の人に言うべきじゃないのかもしれないが、
5> 聞かれたらそう答えたいですね。
 言うまでも無かろうが、真ん中の上記4>が効いている。部下を信頼し、部下を誇りに思うが、それを外部に喧伝すべきではないと言う謙譲・謙遜。「内に秘めたる確かな自信」とでも呼ぶべきか。
 
 この勇将の下に、弱卒なし!!