応援いただけるならば、クリックを⇒ https://www.blogmura.com/
 
 正直言って、社説のタイトルを見て中身に興味を持ったが、一読どころか半読しただけで呆れ返って、「こりゃまた、斬るまでもないつまらない社説だ。」と思った。「東京新聞」と言う当ブログの「社説比較シリーズ」でもレギュラーメンバーではないマイナー紙であると言うのが、モチベーションを下げるのも否めない。
 こんな馬鹿社説に踊らされる輩も居ようが、そいつは踊らされるような知性理性の欠如した輩の問題と、突き放そうかとも考えた。が、そんな「踊らされた輩」が国民の相当数を占めた結果が今の民主党政権であることを想起すると、あだやおろそかには突き放せない。
 
 先ずは例によってご一読願おうか。
転載開始====================================================================================
温暖化交渉 原発だけに頼らずとも  http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011042602000041.html
2011年4月26日
 京都議定書の次の温室効果ガス削減枠組みづくりに向けて、国連の準備会合が再開された。福島第一原発の惨状を教訓に、原発に頼らない削減のあり方を、被災地の思いとともに世界へ届けたい。
 いつのころからか、原子力は発電時に二酸化炭素(CO2)を出さないという意味で、クリーンなエネルギーと喧伝(けんでん)されてきた。
 二〇二〇年までに一九九〇年比25%の温室効果ガス削減目標は、民主党政権の目玉であり、国連でも喝采を浴びた国際公約だ。
 この高い目標は、あらゆる政策を総動員して達成されるはずだった。その中の三本柱が、温室効果ガスの排出枠を売買する国内排出量取引制度、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度、そして地球温暖化対策税である。
 ところがいつの間にか原発が、目標達成の切り札のようになっていた。政府が昨年六月にまとめたエネルギー基本計画では、二〇二〇年までに原発九基を新増設することで、目標を達成できるとされていた。このもくろみが、震災で頓挫した。
 廃炉にされる福島第一原発六基の発電量を火力で補うと、環境省の試算では、25%に5ポイントほど届かない。だから削減目標を再検討させてほしいと政府は言う。
 見直しの声が出るのは、やむを得まい。しかし、原発を造れないから、このまま尻すぼみにしてもいい、というわけではない。
 CO2削減の目的は、温暖化で引き起こされる地球規模の災厄を回避するためである。その手段として、原子力に頼り過ぎることの危うさを、震災で十分思い知らされた。温暖化が招く危険の中には、巨大台風の頻発や海面上昇なども挙げられる。
 原子力が「第三の火」として発見されたように、今後の技術革新と発明の努力の中で新エネルギーが見つかるかもしれない。
 原発に頼らない日本の新しい削減戦略、太陽光や風力など再生可能エネルギーを総動員した新たな削減目標を、京都議定書の次の削減約束を決める年末の南アフリカ・ダーバン会議(COP17)で世界に諮る気概がほしい。独自の省エネ技術や再生可能エネルギーの開発を復興に結び付ける政策も、併せて考えたい。
 今日本が積極的な主張に出れば、世界も耳を傾ける。温暖化の危険は一向に改善されていない。東日本の惨状は、世界にとっても決してひとごとではないからだ。
==========================================================================================転載完了

余りにもお花畑な妄想的「二酸化炭素削減案」

 上掲の通り、1000字ばかりの短い社説である。言いたい事も良くタイトルに要約されている。
  
1> 二〇二〇年までに一九九〇年比25%の温室効果ガス削減目標は、民主党政権の目玉であり、
2> 国連でも喝采を浴びた国際公約だ。
 
 私のような一昨年夏の「政権交代」を「国民の審判」と言う暴挙にして愚挙(*1)と断じて来た者にとっては、「民主党政権の目玉」と言うだけで警戒警報発令である。子供手当て、事業仕分け、高速道路無料化等々と、「民主党政権の目玉」と来た日には、全く財政的裏づけが無いか全く財源にならないかのどちらかばかり。お陰で東日本大震災なんて無かった年でさえ赤字国債は44兆円に上った。
 上記1>~2>で新ためて絶賛している「温室効果ガス25%削減」と言うのも、「温室効果ガス削減の有効な取り組み」具体的には二酸化炭素排出量の過半を占めるアメリカと中国の積極的な取り組みが条件であるから、まだ現実的=「実行しないで済ませられる公算大」であったもの。何しろ中国が今公言している「二酸化炭素削減策」では、私の試算では「中国は2020年には1990年の6倍の二酸化炭素を出す。」と言っているのだから、中国が画期的な二酸化炭素削減策を新たに打ち出さない限り、仮に日本の二酸化炭素排出量を「100%削減」の0%にしたとしても、地球上の二酸化炭素量は増える。
 少なくとも上記2>で「国際公約」と持ち上げているのならば、その「国際公約」に上記の条件をつけていることも明記すべきであろう。さらに言うならば、現時点においても上記の通り中国の取り組みも、アメリカの取り組みも、全く有効性を持っていない。特に酷いのは「経済発展著しい」くせに「GDPあたりの二酸化炭素排出量」削減目標しか打ち出さない(*2)中国なのであるが、それは本題とは関係ないので1000字ほどの社説に入れなければならない事とは言えないだろう。
 
 東京新聞社説は続く。
 
3> この高い目標は、あらゆる政策を総動員して達成されるはずだった。
4> その中の三本柱が、
5> 温室効果ガスの排出枠を売買する国内排出量取引制度、
6> 再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度、
7> そして地球温暖化対策税である。
8> ところがいつの間にか原発が、目標達成の切り札のようになっていた。
 
 私にはどうも判らない。上記3>「この高い目標は(中略)達成される筈だった。」と言うのはその通りだろう。そうだからこそ民主党政権は、当時の首相であった忌む可き鳩山は、「25%削減」と言う約束をしたのだろう(*3)。
 だが、上記3>「あらゆる政策を総動員して」の結果が上記5>~7>の「三本柱」と言うのは俄かに信じ難い。この「三本柱」は要は「温室効果ガスを出すと損をし、出さないようにすれば得をする」と言う経済政策でしかない。損得の幅を変える、具体的には上記5>、6>の価格や7>の税率を変えることで、政策の強弱をつけられる利点はあろうが、これら経済政策だけで「25%削減」を達成できるなんて脳天気に考えられるのは東京新聞社説氏ぐらいだろう。上記8>「いつの間にか」も何も、二酸化炭素を出さない大出力発電プラント・原発の増設が不可欠なのは、余りにも明らかだ。
 
 で、その原発が、福島原発事故を受けて、計画通りには建設できそうに無いから「25%削減」の目標を見直そうと言う政府の動きを、東京新聞は牽制するのである。
 
9> 見直しの声が出るのは、やむを得まい。
10> しかし、原発を造れないから、このまま尻すぼみにしてもいい、というわけではない。
 
 で、この後に温室効果の悪影響を縷々述べる東京新聞社説だが・・・そいつは、中国とアメリカに真っ先に言わない事には、全く無意味だろう。
 
11> 原子力が「第三の火」として発見されたように、今後の技術革新と発明の努力の中で新エネルギーが見つかるかもしれない。
12> 原発に頼らない日本の新しい削減戦略、
13> 太陽光や風力など再生可能エネルギーを総動員した新たな削減目標を、
14> 京都議定書の次の削減約束を決める年末の南アフリカ・ダーバン会議(COP17)で世界に諮る気概がほしい。
15> 独自の省エネ技術や再生可能エネルギーの開発を復興に結び付ける政策も、併せて考えたい。
 
 上記11>は「新技術頼み」と言えば聞こえは良いが、神頼みに近い。第一、まだ発見されてもいないような新技術を実用化し商業化しプラント化するまでの年月を、一体何年と見て、それまでの電力は何で賄うのか。上記13>「太陽光や風力など再生可能エネルギーを総動員」は既に盛り込んでの原発増設で漸く「25%達成見込み」だったのではないか。
 
 言うだけだったらなんとでも言えるし、言うだけならばタダだ。それを上記14>のように「気概」と言う呼び方も出来よう。
 
 だが現時点と近い将来において上記12>で唱える「原発に頼らない日本の二酸化炭素削減戦略」なんてのは絵空事だ。それも先行記事にもした通り、太陽光や風力の合計の20倍以上の電力を、現状原子力が供給しているのだから、二酸化炭素排出量を原発に頼らずに減らす事は、原子力による電力量(2010年で電力の3割)と火力による電力量(2010年で電力の6割弱)の一部を水力、地熱、太陽光、風力、それに節電・省エネルギーで賄わなければ成立しない。水力(*4)も地熱も立地条件が厳しい上に、建設までに長い年月がかかる。2020年までは9年しかない。絵空事以上のものには、なりようが無い。
 
朝日社説 「原発をどうするか-脱・依存へかじを切れ」を斬る http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/35116184.html
参考 平成22年度電力供給計画の概要について http://www.enecho.meti.go.jp/policy/electricpower/100414-h22.pdf
 
 「気概」。上記14>で東京新聞がそう評した「原発に頼らない日本の二酸化炭素削減戦略」。普通は別の呼び方があるだろう。
 
 「法螺」「大風呂敷」、否、「妄想」と呼ぶが相応しかろう。

 

<注釈>

(*1) 我が国は民主主義を標榜し、不完全であろうとも( 神ならぬ身の人の為す事は、どこかしら必ず不完全だ。)民主主義体制であるから、「国民の審判」には従うし、それ故にこそ、今そこに民主党政権は現政権として現存している。
 だからと言って「国民の審判」が無謬である、常に正しい事は意味しない。
 民主党が政権与党の座にあるなどと言うのは、狂気の沙汰であるし、誤っていると言うのは、「政権交代」以前から当ブログで主張し続けてきたことである。 
 誰が民主に投じるか?1-衆院選挙を前にして-  http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/29568120.html
 失望すれども、絶望せず1-衆院選自民惨敗民主大勝を受けて-   http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/29646281.html 
 
(*2) 故に実質二酸化炭素排出量は激増する予定の
 
(*3) 当時既に鳩山は日本の首相に成り果せていたから、普天間基地移設問題の「最低でも県外」とは違って、「民主党党首の(勝手な口)約束」には今更出来ない。
 だが、まあ、「Trust Me!」の様に、一日でひっくり返した例もあるからな。当てにならないが。
 
(*4) そういえば、八つ場ダムの建設中止も、民主党の目玉政策じゃなかったか。まあ、「高速道路無償化」と「二酸化炭素削減」を同時に掲げて、党首討論で突っ込まれてもロクに回答できなかった民主党だからなぁ。