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ロケットニュース24ってニュースソースは、興味深い情報もあるが、一方で明らかなガセネタやトンデモネタもままあるので、要注意なニュースソースである。「福島原発事故で人類どころか地球が滅びかねない」などと言うトンデモあおり記事を槍玉に上げたのも記憶に新しいところだ。
原発如きが人類を滅ぼすオーバーテクノロジーなものか http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/35039419.html
その一方で「ガセ」とわかっていても楽しい記事もあったりするから、目が離せないというか、なんと言うか・・・噂に聞く( 実物は多分、見かけた事ぐらいしかない)「東スポ」こと「東京スポーツ紙」にあい通じる、ゲテモノ的魅力・イカモノ的魅力があるようだ。
ほ・かの新聞じゃ受け付けぬ。
な・にが何でも東スポさ。
今回取り上げる記事は、一見イカモノ記事であるが、実は中国の本質に迫っているのではなかろうか。先ずはご一読いただこう。
転載開始=================================================================================
2011年4月15日 14:30 (ロケットニュース24)
歴史を変えちゃダメ! 中国で「タイムトラベル」系映画が禁止される http://topics.jp.msn.com/wadai/rocketnews24/column.aspx?articleid=559711
中国政府がテレビや映画業界に対し、検閲に関する新たな指針を発表した。これによりSFファンたちは、時空を旅することができなくなってしまったようだ。
新たな指針とは、「タイムトラベル」を題材とした内容の映画やドラマを禁止するというもの。SARFT(the State Administration of Radio Film and Television)と呼ばれる政府の検閲機関が、映画監督や台本作家などに対して発表した。中国政府は、映画の主人公などが過去や未来を行き来し、歴史を書き換えることを問題視しているとのこと。
政府は、「映画などの制作者は歴史を軽視しており、これ以上歴史を軽薄に取り扱うべきではないからだ」と今回の決定の理由を説明している。新しい指針は、タイムトラベルに限らず神話や常識に反する内容、矛盾するような道徳観、前向きな考え方に欠けるものなどにも適用されるとのこと。「神話、迷信、霊魂の生まれ変わりなど、このようなものはすべて対象となる」と発表している。
以下が、今回禁止の対象となった主な作品。(左:原題、右:邦題)
Bill and Ted’s Excellent Adventure ビルとテッドの大冒険Back to the Future バック・トゥ・ザ・フューチャーThe Time Traveller’s Wife きみがぼくを見つけた日12 monkeys 12モンキーズStar Trek(全編) スタートレックTerminator(全編) ターミネーターPlanet of the Apes Planet of the Apes/猿の惑星The Butterfly Effect バタフライ・エフェクトAustin Powers オースティン・パワーズA Christmas Carol クリスマス・キャロル
新しい指針が出されたのは、中国共産党の創設90周年が背景にあるからとのこと。SARFTは、「テレビなどで90周年を記念するにあたり、業界も国家の意向に従わなければならない。すべての人がこの国の記念すべき日にむけて積極的に準備していくべきだ」としている。
中国のテレビや映画業界には政府の直属の権力が及んでいる。どんなSF作家も今回の決定を書き換えることはできなさそうだ。
参照元:Mail Online(英文)
===================================================================================転載完了
過去を支配する者は、未来をも支配する-真理省
ご覧の通り中国の検閲がグーグル検索のみならずSFにも及び「タイムトラベル系」と表現されているが、タイムスリップなりタイムトラベルなりで「過去に行って歴史を変えてしまう」と言う類の映画やドラマを禁止するのだと言う。ここには例にあがっていないが、この伝で行くと「戦国自衛隊」や「ファイナルカウントダウン」「時の門」「プロテウスオペレーション」や「ルパン3世 第1シリーズ タイムマシンをぶっ壊せ」なんてのも禁止されてしまう筈だ(*1)。
その理由が実に重々しくも尤もらしい。
> 「映画などの制作者は歴史を軽視しており、これ以上歴史を軽薄に取り扱うべきではないからだ」
一見「歴史を大事にし、重視している」かのごとき主張に見える。歴史学者によっちゃ歓迎するだろうし、中国の学者なんてのは基本的に御用学者だから(*2)、絶賛する事は先ず間違いない。
だが、斯様な中国政府の検閲方針を絶賛したり賛同してしまうような歴史学者は、御用学者でございと自白しているばかりでなく、私に言わせるならば、歴史学者としても失格なのである。そ奴らは、「正史学者」にしか過ぎない。
正史・野史の二元論は元々大陸では支配的だ。栄枯盛衰激しい大陸の王朝が一度帝位なり何なりについて真っ先に始める事が「自らの王朝の正当性を裏付けるための正史編纂」であり、正史以外の歴史書は「野史」扱いされるのはまだしも、下手するとその歴史学者ごと「焚書坑儒」されてしまうのが「大陸の歴史」であり「大陸に数多の歴史書がある」所以である。
その時々の帝位にある王朝の正史をつなぎ合わせれば、相応の史書は出来上がるだろうが、大概の正史は前王朝の悪口から始まるから、王朝間を渡って行く「通史」を考えるのは仲々都合が悪い。勢い歴史学者は、隋史の専門家は隋の正史だけを読み、唐史の専門家は唐の正史だけを研究する。勿論一番羽振りが良いのは現王朝たる共産党史の研究家であり、「前王朝」たる国民党政府や日本の悪口は言いまくりと言うことになる。
勿論歴史と言うのは、少なくとも一面過去の事実の集積であり、過去の事実は既に起こってしまった過去だから、一意に定まっていて、それこそSFでもない限り「歴史に干渉」する事はできない。「歴史にif・もしも は無い。」と言われるのも一面の真実だ。
だが一方で、過去の事実は一意に定まっていても、全ての事象が記録されているわけではないと言うのも事実だろう。不確定性原理何ぞ持ち出さなくても(*3)極最近になるまで歴史的記録と言うものはテキストベースの文献が主であり、その文献には識字率(*4)以外にも主観や視野と言う多重のフィルタや情報の偏りを無視し得ない以上、事実としての歴史の真実は常にその「戦場の霧」の彼方にあると知るべきであり、恐らくはそれは、個人録画の動画データが飛躍的に増えたであろう現代以降の歴史においても、本質的には変わるまい。
その「戦場の霧」に想像力推論を働かせない事には、歴史の真実は見定められまいと言うのが私の「歴史観」であり、それ故に、恐らくは、私の見定めた「歴史の真実」と、貴方の見定めた「歴史の真実」は、喩え事実が明確に一意であっても、異なって当然、似ていたら偶然、合致したなら奇蹟だろう。
故にその「戦場の霧」を払う一手段として「if・もしも」を想定する事は有効な手段であり、それを排除しようと言う上記の中国政府の態度は、章題にもした「1984」は真理省のキャッチフレーズの通り「未来をも支配しよう」と言う意図に違いない。誠、「正史以外に歴史なし」とする大陸らしい態度と言えるが、私のような魂の自由を愛する者には、到底受け入れられないものである。
Freiheit in der Hand!
自由を、わが手に。
<注釈>
(*1) 後四者は、最終的には「歴史に干渉していない」んだがな。(*2) 「言論の自由」の無い社会の学者なんか、御用学者でなきゃ生き残れない。「言論の自由が無い」と言うことは、「学問の自由が無い」と言うことだ。仮説同士を議論して適否を決めうる事すら出来ずに、学問が成り立つものか。(*3) 歴史的事実は、量子論的不確定性を持つほど「小さく」はない。基本的にはセンサーとレコーダーの精度と数の問題だな。(*4) この点では、日記の普及共々、我が国は実に恵まれた条件を持っているのだが。