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(Ⅳ)マスコミの偏向報道と対策について
ところで、
以前当ブログの記事にコメント頂いた「通りすがり」さんによれば、今のマスコミは鳩山首相・民主党・現政権に対する批判的な偏向報道に満ちており、これはマスコミはじめとする「悪徳ペンタゴン」なる悪の秘密結社が現政権を陥れ様としているからだそうである。ついでに言うと、当ブログの様に鳩山首相・民主党・現政権を批難するのは「悪徳ペンタゴンに利する利敵行為」なのだそうだ。
通りすがり様コメントに対する返答 http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/32447920.html
週刊ポストはひょっとするとマスコミとしては主流派ではないのかも知れない。週刊誌としては相当に売れている方だそうだが、マスコミの主流と言えばテレビ、新聞が大手で、ラジオや雑誌はこれに準じると言うのも先ず妥当な見方だろう。
但し、少なくともこの記事に関する限り、未だマスコミには鳩山首相・民主党・現政権に対する擁護=甘さがあるように思われる。無論その甘さ・寛容さは、政権交代=現政権発足以前から民主党にも鳩山首相にも批判的であり、今や小沢一郎を「我が敵」呼ばわりしている当ブログ管理者=私とは反対の立場だ。
だがしかし、私はマスコミが私と異なる意見に偏向している事を理由に批難しようとは思わない。大体、私とマスコミとは意見が対立するのがデフォルト状態であるから、そんなことは非難したって始まらない。
マスコミが少なくともかつて標榜していた通り社会の木鐸たらんと望むならば、マスコミの報道は公正中立であるべきだ。基本的には民主主義体制下の、民主主義を補佐するものとしてのマスコミは、公正中立を目指すべきだ。故にマスコミは如何なる意見にも、即ち私の有する意見にすらも、偏向すべきではない、と私は主張する。
その上で、その公正中立をマスコミが目指したところで、所詮は神ならぬ身の人がなすこと、厳正・厳密なる公正中立はついに実現できないだろうと、私は考える。
以前当ブログの記事にコメント頂いた「通りすがり」さんによれば、今のマスコミは鳩山首相・民主党・現政権に対する批判的な偏向報道に満ちており、これはマスコミはじめとする「悪徳ペンタゴン」なる悪の秘密結社が現政権を陥れ様としているからだそうである。ついでに言うと、当ブログの様に鳩山首相・民主党・現政権を批難するのは「悪徳ペンタゴンに利する利敵行為」なのだそうだ。
通りすがり様コメントに対する返答 http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/32447920.html
週刊ポストはひょっとするとマスコミとしては主流派ではないのかも知れない。週刊誌としては相当に売れている方だそうだが、マスコミの主流と言えばテレビ、新聞が大手で、ラジオや雑誌はこれに準じると言うのも先ず妥当な見方だろう。
但し、少なくともこの記事に関する限り、未だマスコミには鳩山首相・民主党・現政権に対する擁護=甘さがあるように思われる。無論その甘さ・寛容さは、政権交代=現政権発足以前から民主党にも鳩山首相にも批判的であり、今や小沢一郎を「我が敵」呼ばわりしている当ブログ管理者=私とは反対の立場だ。
だがしかし、私はマスコミが私と異なる意見に偏向している事を理由に批難しようとは思わない。大体、私とマスコミとは意見が対立するのがデフォルト状態であるから、そんなことは非難したって始まらない。
マスコミが少なくともかつて標榜していた通り社会の木鐸たらんと望むならば、マスコミの報道は公正中立であるべきだ。基本的には民主主義体制下の、民主主義を補佐するものとしてのマスコミは、公正中立を目指すべきだ。故にマスコミは如何なる意見にも、即ち私の有する意見にすらも、偏向すべきではない、と私は主張する。
その上で、その公正中立をマスコミが目指したところで、所詮は神ならぬ身の人がなすこと、厳正・厳密なる公正中立はついに実現できないだろうと、私は考える。
故に、次善の策は、マスコミ各社が公正中立を目指しつつ、各社ごとに差異がある異論・異説の共存状態である。今回の週刊ポストの記事を、私は与太記事、愚説として批難しているが、異論・異説の存在としてはむしろ好感すべきと考えておるし、マスコミの偏向報道は、つい最近まで鳩山首相・民主党・現政権を偏愛する事夥しかったことを想起しつつ、「政権交代」を煽りまくった民主党支持のつい最近までのマスコミの偏向も、最近それが一転「鳩山おろし(※1)」とも言うべき偏向報道となっている事も、何れも「次善にすらも程遠い状態」と断じてしまう。
その次善にすらも程遠いマスコミの元で、国民は判断しなければならない。
無論前述の通り、民主主義を補佐するものとしてのマスコミには公明正大さが求められ、事前の状態として異論・異説の共存状態が求められるものの、現状は次善にすら程遠く、一朝一夕でそれが劇的に改善される可能性がない以上、我が国が健全な民主主義を維持するためには、国民一人ひとりがマスコミの偏向報道に流されないだけの賢明さと健全な猜疑心を有する必要がある。
当ブログの一番目立つところに、未だ鎮座ましましている「民主主義国家の国民には、一定の軍事知識が不可欠である。」に謳う「一定の軍事知識」は、賢明なる国民であるための必要条件である。
必要条件ではあったも、十分条件ではない事に留意されたい。
民主主義と言うのは、その主権者たる( 筈の)国民に対し、相応の責任を求めるのである。
その次善にすらも程遠いマスコミの元で、国民は判断しなければならない。
無論前述の通り、民主主義を補佐するものとしてのマスコミには公明正大さが求められ、事前の状態として異論・異説の共存状態が求められるものの、現状は次善にすら程遠く、一朝一夕でそれが劇的に改善される可能性がない以上、我が国が健全な民主主義を維持するためには、国民一人ひとりがマスコミの偏向報道に流されないだけの賢明さと健全な猜疑心を有する必要がある。
当ブログの一番目立つところに、未だ鎮座ましましている「民主主義国家の国民には、一定の軍事知識が不可欠である。」に謳う「一定の軍事知識」は、賢明なる国民であるための必要条件である。
必要条件ではあったも、十分条件ではない事に留意されたい。
民主主義と言うのは、その主権者たる( 筈の)国民に対し、相応の責任を求めるのである。
賢明なれ、国民。
<注釈>
(※1) でも「小沢おろし」じゃなさそうなところが、やはり「民主党支援」なのだろうな。