我輩は高速船である。
名を「アースレース」とか「アディ・ギル」とか呼ばれておった。
名を「アースレース」とか「アディ・ギル」とか呼ばれておった。
トリマランとか三胴式とか呼ばれる、チョイと他所じゃ見られない「未来指向の外形」ばかりが目立つかと思うが、我輩の自慢はそんなところには無い。
我輩の自慢は足の速さだ。
外形だけで言うならば、トリマラン=三胴式と言うのはアメリカ海軍の「沿海域戦闘艇」LCS-2 Independence級が有名だ。あちらの方が天下のアメリカ海軍御用達だし、大きさも大分大きいが、何の足の速さなら負けるものか。向こうは公称40ノット、時速にして74キロほどにしか過ぎないが、我輩は時速93キロ、ノットにして50ノットの高速を誇っておった。
北朝鮮の不審船だろうが、帝國海軍の島風級だろうが、Royal NavyのUlysses級だろうが、我輩の敵ではない。我輩がライバルと目しえるのは、日本のCoast Guard、KAIJYOHOANCHOとか言う妙なところに所属するTSURUGHI級ぐらいなもの。噂では我輩と同じぐらい速いとも聞いたから、是非一度お手合わせ願いたかったのだが、それも今では叶わぬ夢だ。
無論、時速93キロと言うのは我輩がその実力を完全に発揮した場合だ。我輩はそんじょそこらの雑魚舟どもとは違っていささかデリケートに出来ておる。機関も機器もちゃんと整備してもらわねばならないし、正直なところ荒れた海は苦手だ。
北朝鮮の不審船だろうが、帝國海軍の島風級だろうが、Royal NavyのUlysses級だろうが、我輩の敵ではない。我輩がライバルと目しえるのは、日本のCoast Guard、KAIJYOHOANCHOとか言う妙なところに所属するTSURUGHI級ぐらいなもの。噂では我輩と同じぐらい速いとも聞いたから、是非一度お手合わせ願いたかったのだが、それも今では叶わぬ夢だ。
無論、時速93キロと言うのは我輩がその実力を完全に発揮した場合だ。我輩はそんじょそこらの雑魚舟どもとは違っていささかデリケートに出来ておる。機関も機器もちゃんと整備してもらわねばならないし、正直なところ荒れた海は苦手だ。
(1.)「アースレース」号の栄光
我輩は「世界初の代替燃料高速ボート」として設計され、建造された。「代替燃料」とは我輩の生命の糧・燃料のことであるが、通常の鉱物資源ではなく、植物性ないし動物性の脂肪であるのが特徴だ。この代替燃料で我輩の心臓・ディーゼル機関を動かすのだが、燃料としては植物性で大豆、カノーラ油、ブドウエキス、動物性では人間の脂肪さえ燃料にできる。
ああ、そこで引くでない。我輩は手も足も持っては居らぬから、生身の人間を取って喰い、脂を絞って我が糧とする事は無い。無論できるならば脂を絞ってやりたいような人間は居る。シーシェパードはポール・ワトソン船長なぞ、大量の脂が絞れそうで、なかなか美味そうであったが・・・
だから、引くでないと言うに。
我輩はこの代替燃料を最大3000ガロン積んだ。燃料満載時の重量は23トンに達するが、我が船体の重量は僅か10トンであるから、結構な燃料搭載率であろう。それと言うのも我輩は単に高速船あるいは「世界初の代替燃料高速船」と言うだけでなく、その代替燃料を使ったバイオディーゼルの性能を喧伝するために計画され、そのバイオディーゼル機関を以って世界各国を巡ることが予定されて居ったので、相応に航続距離が必要だったのだ。我輩のご主人達は一流の海軍でも日本の捕鯨船団でもなかったから、洋上給油なんて芸当は出来ず、少なくとも「次の寄港地まで燃料切れを起こさない」航続距離は必須であった。
燃料として代替燃料を使うのは、何でも「エコ」なのだそうだ。我輩の兄弟たちの多くは同じディーゼル機関ながら、鉱物油を燃料としている。鉱物油は掘ってしまったらお終いだが、代替燃料は植物や動物から取れるから「再生可能」即ち栽培や養殖で賄えるから「エコ」なのだそうだ。
それなら我輩の生命の糧として、人間を養殖しても良さそうな物だが、何故かはわからないがそれは禁忌であるらしい。少なくともポール・ワトソン船長の脂は一度も呑ませて貰えなかった。
「高速船を走らせること自体が燃料の無駄遣いである。燃料が代替燃料でも高速自体が無駄ならば無駄だ。」とする「仕分け理論」なる主張もあるそうだ。何でも、世界一も世界記録も無駄だから止めてしまえと言う理屈だそうだ。我輩には、酷くみみっちい話に聞こえるのだが、これも「流行」の一つなのだろう。
高速が無駄か否か、世界一や世界記録が無駄か否か、我輩には何とも言い難い。
ただ、我輩はその高速、世界記録のために作られた。結果としてその何れもあるレベルで達成したのだから、わが短い生涯もあながち「無駄」ではなかったのだろうと思うし、我輩を作ってくれた最初のご主人にも、満足頂けていると自負している。
ああ、そこで引くでない。我輩は手も足も持っては居らぬから、生身の人間を取って喰い、脂を絞って我が糧とする事は無い。無論できるならば脂を絞ってやりたいような人間は居る。シーシェパードはポール・ワトソン船長なぞ、大量の脂が絞れそうで、なかなか美味そうであったが・・・
だから、引くでないと言うに。
我輩はこの代替燃料を最大3000ガロン積んだ。燃料満載時の重量は23トンに達するが、我が船体の重量は僅か10トンであるから、結構な燃料搭載率であろう。それと言うのも我輩は単に高速船あるいは「世界初の代替燃料高速船」と言うだけでなく、その代替燃料を使ったバイオディーゼルの性能を喧伝するために計画され、そのバイオディーゼル機関を以って世界各国を巡ることが予定されて居ったので、相応に航続距離が必要だったのだ。我輩のご主人達は一流の海軍でも日本の捕鯨船団でもなかったから、洋上給油なんて芸当は出来ず、少なくとも「次の寄港地まで燃料切れを起こさない」航続距離は必須であった。
燃料として代替燃料を使うのは、何でも「エコ」なのだそうだ。我輩の兄弟たちの多くは同じディーゼル機関ながら、鉱物油を燃料としている。鉱物油は掘ってしまったらお終いだが、代替燃料は植物や動物から取れるから「再生可能」即ち栽培や養殖で賄えるから「エコ」なのだそうだ。
それなら我輩の生命の糧として、人間を養殖しても良さそうな物だが、何故かはわからないがそれは禁忌であるらしい。少なくともポール・ワトソン船長の脂は一度も呑ませて貰えなかった。
「高速船を走らせること自体が燃料の無駄遣いである。燃料が代替燃料でも高速自体が無駄ならば無駄だ。」とする「仕分け理論」なる主張もあるそうだ。何でも、世界一も世界記録も無駄だから止めてしまえと言う理屈だそうだ。我輩には、酷くみみっちい話に聞こえるのだが、これも「流行」の一つなのだろう。
高速が無駄か否か、世界一や世界記録が無駄か否か、我輩には何とも言い難い。
ただ、我輩はその高速、世界記録のために作られた。結果としてその何れもあるレベルで達成したのだから、わが短い生涯もあながち「無駄」ではなかったのだろうと思うし、我輩を作ってくれた最初のご主人にも、満足頂けていると自負している。
我輩の全長は78フィート、約24mあった。普通の船なら軽合金製船体でも50~60tぐらいになる大きさだが、その半分弱しかないほど軽いのは、船体を繊維強化プラスチックFRPとし、ケプラーやカーボン繊維を駆使した最新技術の賜物だが、徹底した軽量化は合理的な最適設計、言い換えれば想定外の条件に対する安全率低下を強いたのも否めないだろう。
とは言え我輩は高速船、なかんずくWave Piercerだ。我が舳先は波を貫く槍の穂先であり、我が船体はその舳先で開けた穴を潜り抜ける槍の柄だ。それに必要なだけの船体強度は備えている。相手が波である限り、そう簡単には壊れない。
先刻我輩は不覚にも、「荒い海は苦手」と弱音を吐いてしまったが、大概の海なら大丈夫だ。それは我輩が叩き出した「61日間世界一周」と言う新記録が証明している。それまでの記録、74日間を10日以上も短縮する記録だ。「80日間世一周」とは映画のタイトルだが、あれは気球を使って空を飛んでの「世界一周」。そんなものは我輩に言わせれば世界一周ではない。
世界は、七つの海の波濤を乗り越えてこその世界だ。
我輩は史上最も速く七つの海を走破したと言えよう。我輩の旧名「アースレース=地球競争」に相応しい成果ではないか。
思えば、この記録をたたき出したときが、我輩の船としては長いとは言えない生涯の「最良のとき」であった。My Finest Dayか。
とは言え我輩は高速船、なかんずくWave Piercerだ。我が舳先は波を貫く槍の穂先であり、我が船体はその舳先で開けた穴を潜り抜ける槍の柄だ。それに必要なだけの船体強度は備えている。相手が波である限り、そう簡単には壊れない。
先刻我輩は不覚にも、「荒い海は苦手」と弱音を吐いてしまったが、大概の海なら大丈夫だ。それは我輩が叩き出した「61日間世界一周」と言う新記録が証明している。それまでの記録、74日間を10日以上も短縮する記録だ。「80日間世一周」とは映画のタイトルだが、あれは気球を使って空を飛んでの「世界一周」。そんなものは我輩に言わせれば世界一周ではない。
世界は、七つの海の波濤を乗り越えてこその世界だ。
我輩は史上最も速く七つの海を走破したと言えよう。我輩の旧名「アースレース=地球競争」に相応しい成果ではないか。
思えば、この記録をたたき出したときが、我輩の船としては長いとは言えない生涯の「最良のとき」であった。My Finest Dayか。
(2.)「アディ・ギル」号の試練
何があったのかは我輩には良くはわからぬが、その後ご主人が変わった。「バイオディーゼルによる高速ボートの実証と実績喧伝」と言う最初のご主人の目的を果たし終えたと言うことだろう。それはそれで満足すべき結果だ。
再び遠洋航海の末、やってきたのは南氷洋だ。何でも新しいご主人は、「この海で鯨を殺させない」事を生き甲斐に、あれこれ活動しているそうで、我輩はこの海へやって来る捕鯨船を追いかけ、捕鯨の邪魔をするというのが仕事と言うことだった。
追いかける方は高速自慢である我輩の真骨頂だが、「捕鯨の邪魔」とは何をやるのか良くわからなかった。実際の現場に出るまでは。
イヤまあ、「身の毛もよだつ」とはこの事だ。
新しいご主人ときたら、我輩の高速を利用して問題の捕鯨船に接近するのは良いがそれこそ「舷々相摩す」ほどに近づいては何やら得体の知れない投射物を捕鯨船にぶつけたり、投げ込んだり、怪しげな光を当ててみたり。投射物も光も我輩自身には関係ないが、急加速急減速急旋回で我輩の船体は軋みっ放しだ。おまけに時として南氷洋の荒波にも耐えねばならない。それらに比べれば、捕鯨船の方からかけてくる放水銃なんて、シャワーみたいなものだ。
あの日も、捕鯨船、もう顔馴染みになってしまった第2昭南丸は放水銃を撃っていた。御主人達の意図とは裏腹に、上述の通りもう何度目かになる遭遇に顔馴染みになった我輩と第2昭南丸は、「よう、また会ったな。」とか「今日もあの臭い奴か(御主人達の投射する投射物は、爆ぜると、臭いらしい。)、勘弁してくれ。」とか挨拶を交わし、悲鳴を上げながらいつもの「鬼ごっこ」を始めた。
何度目かの接近の際、我輩のご主人は何故か機関を絞り、我輩は殆ど洋上に停止する形になった。高速艇が洋上に停止しているなんて間抜けな姿だ。速度が遅いと舵も効かないから、文字通り身動きが出来なくなる。第2昭南丸が「おーい、危ないぞー。」などと間抜けな声をかけつつ放水銃を浴びせながら、我輩の前方を横切ろうとした、その刹那。
ご主人が我輩の機関を全速一杯に切り替えた。
「ご主人!そいつは!!」と言いかけた気がするが、定かではない。兎に角今まで喰らったことのない強烈な痛みと衝撃で、我輩は意識を失った。眼前に迫る第2昭南丸の白い船腹だけを、妙に強烈に覚えている。
再び遠洋航海の末、やってきたのは南氷洋だ。何でも新しいご主人は、「この海で鯨を殺させない」事を生き甲斐に、あれこれ活動しているそうで、我輩はこの海へやって来る捕鯨船を追いかけ、捕鯨の邪魔をするというのが仕事と言うことだった。
追いかける方は高速自慢である我輩の真骨頂だが、「捕鯨の邪魔」とは何をやるのか良くわからなかった。実際の現場に出るまでは。
イヤまあ、「身の毛もよだつ」とはこの事だ。
新しいご主人ときたら、我輩の高速を利用して問題の捕鯨船に接近するのは良いがそれこそ「舷々相摩す」ほどに近づいては何やら得体の知れない投射物を捕鯨船にぶつけたり、投げ込んだり、怪しげな光を当ててみたり。投射物も光も我輩自身には関係ないが、急加速急減速急旋回で我輩の船体は軋みっ放しだ。おまけに時として南氷洋の荒波にも耐えねばならない。それらに比べれば、捕鯨船の方からかけてくる放水銃なんて、シャワーみたいなものだ。
あの日も、捕鯨船、もう顔馴染みになってしまった第2昭南丸は放水銃を撃っていた。御主人達の意図とは裏腹に、上述の通りもう何度目かになる遭遇に顔馴染みになった我輩と第2昭南丸は、「よう、また会ったな。」とか「今日もあの臭い奴か(御主人達の投射する投射物は、爆ぜると、臭いらしい。)、勘弁してくれ。」とか挨拶を交わし、悲鳴を上げながらいつもの「鬼ごっこ」を始めた。
何度目かの接近の際、我輩のご主人は何故か機関を絞り、我輩は殆ど洋上に停止する形になった。高速艇が洋上に停止しているなんて間抜けな姿だ。速度が遅いと舵も効かないから、文字通り身動きが出来なくなる。第2昭南丸が「おーい、危ないぞー。」などと間抜けな声をかけつつ放水銃を浴びせながら、我輩の前方を横切ろうとした、その刹那。
ご主人が我輩の機関を全速一杯に切り替えた。
「ご主人!そいつは!!」と言いかけた気がするが、定かではない。兎に角今まで喰らったことのない強烈な痛みと衝撃で、我輩は意識を失った。眼前に迫る第2昭南丸の白い船腹だけを、妙に強烈に覚えている。