報じられているのは、スイス西部の若手職人が「1日を12時間に分割するより、10時間に分割するほうがより「論理的だ」」と主張して、文字盤が10までしかない時計を発明・製造したというもの。文字盤をよく見ると10までの大目盛りの間も10分割しているようだから、同様に「1時間は100分、1分は100秒とするのが「論理的」と主張しているのだろう。
 
 昔々フランスはフランス革命の際、合理主義絶対の立場から1週を10日、1月を3週=30日とする「フランス革命歴」なるものを制定した。とは言ってもこのまま30日×12ヶ月=360日で1年とすると地球の公転周期からどんどんずれて季節と暦が一致しなくなるのはまずいと思ったか、地球の公転周期365日との差約5日間は、年末年始の連休にした。
 とは言え、合理的なつもりがどうも合理的ではなかったらしく、革命歴はすぐに廃れて従来の太陽暦になった・・・と習ったのは世界史の時間だ。

 今回ちょっと調べてみると、あにはからんや、革命歴には革命時間と言うのが付随しており、「1日は10時間、1時間は100分、1分は100秒とすべて十進法が使われた(十進化時間)。」と言うから、少なくとも十進法時間はこのスイス時計職人の発明ではないし、フランス革命という時代は相応に時計があったはずだから、十進法時計の発明の方も相当怪しくなってくる。
 まあ、発明の当否はさておき、このフランス革命歴が失敗に終わった原因の一つとして、あまりに従来の習慣と違いすぎるこの革命時間が上げられると言うから、少なくとも「十進法時間は19世紀フランスには受け入れられなかった。」とは言えるだろう。
 
 では21世紀のスイスなり日本なりではどうだろうか?
 スイスにおいては、従来の12進法時間という習慣になれ親しんでいる期間が19世紀よりも200年分長くなっていると見て良かろう。
 日本は定時法を明治に採用し徹底するまで、不定時法即ち「昼の長さに合わせて一刻の長さが変わる」時間法を採用し、このための時計・和時計まで作っていたのだから、12進法時間定時法の伝統はスイスほど長くはない。
 だがしかし、今更言うまでもないが、柱時計や懐中時計、時計台で時間を計っていた頃と違って、今や時を刻んでいるものは無数にあると言って良い。パソコン、マイコンをはじめとするコンピュータや各種のタイマー、GPS等の計測機器。時計だけでも腕時計、携帯電話、車にも付いており、一人でいくつも持っている。
 時法を変えると言うことは、これらを全部交換しなければならない事になる。
 
 つまり、いくら「合理的」と主張したところで、時法を変えるというのは「2000年問題」以上の大問題なのである。当たり前だが。
 
 従ってこの10進法時計は、スイスの若手時計職人にはお気の毒だが、珍奇な収集品にしかなりそうにない。