小説家を目指して。 -4ページ目

小説家を目指して。

初めまして、zeroです。

初夏を迎え、日中の気温はぐっと上がった。だがそれは飽く迄昼間だけの話であり、夕方はまた別だ。都市特有の排気ガスの匂いを孕んだ風には、肌寒さを感じさせる一面があったりするのだ。それのせいか、日が傾く夕方は気温が下がる。

 俺は学校の屋上で、ある人を待っていた。いや、正確には俺は、その人の顔も名前も知らない。ただ単に、呼び出されただけなのである。

 そしておおかた、話の内容は予想がついている。どうせ、いつもの話だ。今までに何回も聞かされ、そして拒絶してきたもの。まぁ、誰に何を言われようとも答えは同じ。ノ―である。

 どうせ答えだけ聞けば、その呼び出し主は俺の前から立ち去るのだ。だからあまり気にしないし、気にする意味もないと思う。俺たちの関係は、その一瞬だけ。

 俺は屋上から見渡せる校内の様子に、目を凝らしていた。

 上空から見るとカタカナの『エ』の字に見える校内の、縦線にあたるところにあたるのが、今俺が立っている校舎だ。そして、俺から見て左側にあるのが一号館。右側にあるのが二号館。

 そしてそのほかに存在する、学生寮棟が二棟。これを入れたら我が校の校舎は全部で4つあることになる。そして俺が立っているのが三号館だ。というかもうこれ、書き順でに一、二、三で良くないか? 寮棟を四号館と五号館にしてさ。何故わざわざ面倒くさい順番に番号を振ったんだろうか。

 そんな心底どうでもいいことを考えて、時間を潰す。異常に広い校庭では、ラグビー部とサッカー部が練習している。確かラグビー部は今年関東大会に行ったんだっけか。来年度は、そこへの入部を目的に、我が校を受験してくる輩も多いのだろう。

 その時、コツコツと階段を上ってくる音が聞こえた。コンクリートでできた床や階段では、足音がよく響く。今のように、放課後で人がいない状態ならば尚更だ。更には先ほどまで吹いていた風も、今はその頻度も少なくなり、時折風が近隣の道路に生えている木々を揺らしていくにすぎない。

 ガチャリと、屋上の錆びかけたドアが開く音が聞こえた。俺は目だけで、つまり体自体はその音の主に向けずに、その方向を見る。

 女子だった。それも、高校生の一般レベルの価値基準で考えたならば美人の部類に入るレベルの女子が、だ。切れ長の目に、長い黒髪。……中々の美少女だ。

「ちっ……」

 だが、俺は軽く舌打ちした。

今年に入って、もう何回目だろうか。少なくともこの二か月で、四回ほどはこの手の話が来ているはずだ。どうせ噂か何かで、俺がその手の話に興味がないことくらい知っているだろうに。こういう時、女子は貪欲で傲慢だ。自分ならその防御壁を突破できる、などという希望的な、そして独善的な思考回路をしてしまう。それが、結局自分を惨めにさせる原因であるという事に気が付かずに、だ。

いや、本当は気が付いているのかもしれない。

 それを周囲のノリとかいう意味不明な集団行動によって刺激され、迷走するだけなのだと思う。……本当に、集団って不利益しか生まない。単体行動万歳。

 その少女は、おずおずと俺の名前を確認する。襟元に付けられたバッチの色で、俺は彼女が同学年だという事が分かる。だが、見たことがない顔だ。しかしまぁそれも当然か。基本的に俺は自分の席から移動しないのだ。ましてや廊下に出ることなどしない。

「あの……二条……君?」

「そうだけど」

 彼女がどういう経緯で俺のところにやってきたのか、そんなことに興味は無い。どうせ言われる言葉は使い古されたテンプレなのだし、わざわざそれを喉元で暖めておく必要もないと思うのだ。だったら早く言って、楽になってしまえばいい。そして、早く去ればいい。

 待たされる時間が長ければ長いほど、俺は最悪に憂鬱な気分にならざるを得ない。それは、一種の罪悪感に似ているだろう。

 この短い会話で、そしてその表情で、俺は話の内容を確信した。自信なさげな瞳、だが一方で少し希望的な眼差し。そして緊張で強張った、切れ長の端正な顔。ピースは揃った。ならば俺ができることは、彼女の苦しみを軽くしてやることだ。

「あのさ」

 俺は少し憚るような語調で、そう切り出した。そうする方が、悪気はないという雰囲気が演出できる。俺って天才じゃね?

 彼女は先手を打たれて驚いているのか、こちらを見つめる。

「二条君……?」

「俺、大体話の内容が分かるんだけど」

 彼女は無言だ。だが確実に、俺の勢いに決心が揺らいでいる。残念ながら、そういった感情を読み取るのが、俺は上手い。だからこういう場合どういえば穏便に事が済むか、そのコツを俺は知っているのだ。

「だけど、一つ言っておくことがある」

「え?」

「俺は誰かを幸せにできるほど、器の大きい人間じゃない」

 スパッと、この上なく簡潔に真実を告げる。噂に尾ひれがつき、さらにそれを俺がとってきた行動がベールとなり真実を覆い隠し、歪んだ理想となって完成したのが、皆が思っている俺の姿。それと現実との違いを、知っておいてもらわねばならない。

「お前がどういう噂を聞いてきたのか知らないけど、帰ったら友達に言いな。二条出雲は最低だって」

「何で……?」

 彼女は意味が分からないという風に、俺に尋ねる。だが俺は敢えてそれには答えない。そんなこと、聞くまでもない。

 理由なんてない。なんであなたが生まれてきたのか、と聞かれて分からないと答えるのと同じくらい簡単で、単純なことだ。

「でも、みんな言ってるよ? 二条君は何でもできる優等生で、しかもみんなに優しいって」

「はっ! いいか? それは嘘だ。妄想だ。それはお前らが抱いている男子の理想だ。世の中にそんな完璧な奴は存在しない。そもそも人間を共通の秤で比べることなんかできないんだよ。イケメンで優秀だけど性格が最悪な奴と、容姿も勉強もそこそこだけど人を思いやれる優しさを持っている奴の二人がいたとする。そもそもその設定の時点で、皆に共通する美意識なんていうものが存在しない時点で、この話は無意味なんだが……。まぁいい。話の続きだ。今言った二人の男だったらお前らはどっちを選ぶ? 明らかに後者だろ? つまり、お前たちが想像している俺の姿は間違っている。俺は性格も悪いうえに、誰を気遣う事なんてできない。わかったら、もう行け。これ以上一緒にいると、もっと傷つくぞ 」

「あ……うん、分かった。じゃあそうやってみんなにも言っておくね。……私今日は、本当は告白しようと思ってきたんだけど、さ。なんかちょっと興醒めというか、残念というかそんな感じだから……」

「あぁ、周りの奴に言っておいてくれ。俺は恋愛に興味がないし、会ったらボロボロにされるって」

「……分かった」

 聞き終わるが早いか、いや正確には誤魔化しが終わると直ちにその少女は、今来た道を走り去った。それこそ脇目も振らず、だ。

 ……ほらな。やっぱり予想通りだっただろ? やるじゃん、俺の告白センサー。

 ふぅ、と。俺は彼女が去ったのを確認してからため息をつく。

 また人を傷つけてしまったらしい。あの少女、最後は言い訳じみた事を言いながら、目には涙が浮かんでいたからな。……悪いことをしたのかもしれない。

 だが謝る必要はないと、俺は割り切っている。俺は別に好きで他人を追い詰めたりだとか、傷つけたりすることは無い。ただそれを知ってか知らずか、自分からメンタルにヒビが入る爆弾を抱えてやってくる輩が多いのだ。        

その持ってきた爆弾の導火線に、俺が火をつけてやっただけ。あとは一人でドカンだ。自爆だ。俺はその手助けをしたのに過ぎない。

 ヘタに情けを掛けるよりもバッサリと切り捨てて、もしくは最悪のイメージを植え付けてしまえばいいのだ。わざわざ傷を深めることも、その傷に塩を塗りこむこともあるまい。

 俺は再び、校庭の方向へと目を走らせる。そこではまだ、ラグビーとサッカーの二つの部活が練習をしていた。

 俺は視線をもう少し上にあげる。

 そこには、紅に染まる夕日が一つ。空をオレンジ色に染め上げながら、ゆっくりと地平線の彼方へと沈んでいく。

あぁ、今日ももう終わる。などと詩人めいたことを言うつもりは毛頭無い。そして、そんなくだらない事を考える気にもならない。

 どうせ明日も同じような生活が俺を待っているのだし、それを変えようという気にもなれない。今日と明日は違う、なんていうのはただの理想でしかない。それを言った人も知っているのではないだろうか。毎日の自分の生活において、そんなに大した変化がるわけではないと。

 まさかラノベやアニメの主人公のように、波乱万丈の日々を過ごす人間なんていない。

 もし仮にそんな人間が存在したとしても、それは極僅かであり、その他大勢の人間に適応されない、各々のルールを持っている。つまりその人たちはレアケースなのである。

 だがその変わり映えのしない日常に、不安を覚えないかと言われたら返答に困る。いや、困る困らないの問題ではない。

 怖いのだ。この何でもない日々が、クモの糸のようにいとも簡単に切れてしまわないか。それだけが、俺の唯一の恐怖であったりする。

 ま、今そんなことをここで演説しても仕方がない。これは俺が生きてきたうえで得た訓戒のようなもの。普通で平凡が一番いいのだ。その他大勢、最高だ。

 そんなことを思いながら、俺は沈みゆく夕日を見つめた。そんな俺を慰めるかのように、優しく風が吹く。……排気ガス臭いうえに、俺は慰められるようなことはしてねぇよ。寧ろ本来なら罵倒ものだったと思うぜ、あの発言は。

 校門から徒歩五分のところにあるJRの駅には、山手線が止まっていた。だがそれももうすぐ発車するだろう。

《終わりなき循環》。山手線の仕事を、俺はそう呼ぶ。敷かれたレールをぐるりと、円状に回るだけが仕事だ。そんな単純な仕事ではあるものの、それによって多くの人の助けになっている。頑張る山手線ブラボー!

誰かに指示された人生はつまらない、とよく聞く。だが考えてみろ。世の中が成り立つには、必ず誰かの犠牲が必要なのだ。それがたまたま山手線であり、俺であったというだけの事。

 俺の人生は、言うなれば漆黒の闇夜だ。だがそれが誰かの役に立つのなら、俺は喜んでそれを受け入れよう。それが、生まれ持っている使命であるのなら本望である。

 夕日はもう殆ど見えなくなった。山手線も、終わりなき循環へと旅立った。俺を撫でて行った風も、今はもう遥か彼方だ。残されたのは夜を背負う俺と、俺の中に鎮座した沈黙。

「帰るか」

 誰にともなく、というか誰もいないのだが、俺は一人呟いた。

俺は地面においていた鞄を持ち上げると、屋上の扉へと向かった。錆びついたドアは、キィーッと、嫌な音を立てた。校内はもう薄暗く、踊り場に付けられた蛍光灯だけが爛々と光っている。コツコツと、先ほどの少女と同じ音を立てながら俺は階段を下りる。別に意識しているわけではないのだが、この学校指定の上履きの特性上、そういう音がするのだ。

 屋上がある五階から靴箱がある一階まで、階段を下りる。殆どのクラスの電気が消えていたが、それでもときたま、電気がついている教室もある。恐らくは高校三年生とかなのだろう。

まだ五月なのに、随分とご苦労なことで。そんな彼らを横目に見ながら、俺は階段を下りる。

下駄箱には誰もいなく、重苦しい沈黙と、そして罪悪感だけが俺を待っていた。……待っていなくていいのだが。寧ろ先に帰っていてほしい。いや待て。俺の家に来られても困る。いっそのことここで消滅してくれ。俺が爆弾を渡して、導火線に火をつけてやるからさ。

 というか、俺の家はこの学校だ。全寮制のこの学校の特別寮棟の一室が、俺の部屋だ。

 下駄箱の目の前に立つ、巨大なその建物。それがここ染井高等学校の学生寮である。

 その二つの中でも大きい方が、染井高校生徒会役員専用の学生寮である。もう片方が、一般生徒用の寮だ。

 で、肝心な俺はというとラノベの主人公にありがちな生徒会役員であり、その中でも最高位である生徒顧問である。……つまり実質的な、この学校の最高権力者である。だから俺の部屋は、生徒会寮にある。

 まぁ生徒会に関しての話は、また別の日でもいいだろう。今日は何だかやけ眠い。

 何故だろうか。……そうか、分かった。こういうことは、全部妖怪のせいだっ! いや、だってさ、アニメでも言っているよね? 『この世の不可解な出来事は全部妖怪のせい』って。……でも実際その映像を見てみると、欠伸をしているのが妖怪のせいだったとか言っているけどさ、それただ単に寝不足なんじゃん? もっとよく寝ろ! 

 ご、ゴメン! 全国の妖怪好きの諸君! 反省はしているけど、後悔はしていないよ! 寧ろ清々しい! ……だけどさ、よくよく考えてみたら全部自分たちのせいにされちゃう妖怪君たち、可哀相だよね。もうちょっと妖怪に慈悲の心を! 自分で改善できることもあるよ!

 そんなことを思いながら、俺は帰路 ( 家は目の前 ) についた。

 

 

翌朝。俺は夜中妖怪たちに叱られた ( 幻想 )! だが怒られる理由が分からなかった ) せいで、まともに眠れていない。

 まぁ三時間も眠れば大丈夫だろう。どうせ今日は少し生徒集会で話をするだけだから。

 さて、では昨日言った我々生徒会役員の特権を説明しよう。

まず始めに。我々生徒会員は授業に出なくていいのであるっ!

 これ、すごくね? いやまぁね、確かに生徒会に入ることが許されているのは、成績が学年上位三人だけだからそれも納得できるんだけどさ。テストで点さえ取れていれば、何も言われない。というかそれさえできればいろんな優遇を受けられる。

 結果がすべての現代社会において、その結果が生まれる過程などどうでもいいのである。

実際問題企業だっていろいろな政策を打ち出してくるけど、それに見合う結果が出るかどうかわからないでしょう?

 その不安定な経営状態を数値化したのが株価だ。どんな政策を出そうと、景気が良ければ株価は上がる。つまり社会の大人たちが求めているのは結果であり、数値なのである。

 それは我々学生に関しても同じであり、夜までゲームをしていようがずっと勉強をしていようが、試験で出てくる結果が同じなら変わらないのだ。

 そういう理論に基づいて、我が校の教師人たちは生徒会の人間を授業で縛ることはしない。

というか学校に関する全権限を生徒に委ねているまであるのだ。

生徒会費や修学旅行などのイベントにかかる費用、生徒に対するルールなど、一切の決定事項を生徒会に委ねているのだから凄い。『このライトノベルがすごい』に選ばれる並に凄い。

だがそんな生徒会役員にも遅刻というものはある。しかも後五分で門限となる。

 俺の出勤場所が生徒会室であると言っても、ここから歩いて一〇分はかかる。

 ってことで悪いが話はまた後でなっ! 今月三回目の遅刻とか、そろそろ会長に怒られるからっ! 流石にそれはキツイのでっ!

 俺は『正式に』生徒の頂点に君臨する生徒顧問・二条出雲。その一つ下のランクに位置付けられる『表向きの』生徒の頂点・生徒会長。その俺が生徒会長に怒られるんだ。下剋上もいいとこだ! だが言っても始まらない。

俺は全力で生徒会室に向かって疾走した。