デメニギスというお魚をご存知でしょうか?
TV等で紹介されて今では有名になりましたがww

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灰色がかった円筒部分が眼(管状眼)で、その上にドーム状の緑色の膜がかぶさっていて
膜には光フィルターの役割があるそうです。
眼は上を向いていて上を通る獲物を捕獲しやすいような構造らしいです。



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ベチョベチョでよくわかりませんねwww

陸揚げされたら何が何だか良くわからない感じですが
水中では素敵な感じです

カリフォルニアの中央沿岸部の深海で泳いでいるところを撮影したものだそうです。
デメニギスの体長は15センチほどで、頭部正面に付いた2つの小さな点は
眼ではなく嗅覚器なんだそうですwww

頭がクリアなんて・・・・
何だかコクピットがある様な
ツッコミどころ満載の生物ですwww

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昨日書いた最後にクラゲの天敵、海亀を出しましたが

海亀の中でも最大で、体長約3メートルまで成長し

体重は900キロを超えるという「オサガメ」をご存知でしょうか?

(オサ〇〇も同じくでかいですがww)

カメの中で最も深い水深1230メートルまで潜ることができ、最高で30分以上も潜ることができるそうです。

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巨体ですが、なかなか愛らしい姿ですねw


・・・

しかし・・・

・・・

口の中をご覧になったことはあるでしょうか?

・・・・

・・・・

あんまり見ることないですよね?

・・・・

・・・・

実は口の中は大変な事になってますwww

・・・・

・・・・
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おお!!なんと言うアイアンメイデン!!


こんな口で主食がゼリーフィッシュだなんてwwww


生物に神秘を感じますww


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水の月は、わかりますが

水の母と書いてなぜか「くらげ」と読みますww

そんなゼリーフィッシュの中でもこの美しい青く透き通るクラゲは

「キロネックス」と言うハコクラゲの親戚で、

クラゲの中でも進化したクラゲとされています。

水中を最高4ノットで進み、6個1組の目が備わり

各組に2個ずつレンズや網膜、虹彩、角膜を備えた目があります。

(しかし中枢神経系がないため、見えた映像をどのように処理しているのかはまだ明らかになっていない)


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それぞれ最大15本の触手が伸びており

触手は大型の種では3メートルにも達し

各触手には約5000個の刺胞があり

直接触れなくても、獲物の体から出る化学物質を感知して反応します・・・・


zeroのブログ しかし、恐るべきは

オーバーキルな毒です。


心臓や神経系、皮膚細胞に影響を与え

人間がキロネックスに刺されると、耐えられないほどの激痛のために

ショック状態になっておぼれるか

岸にたどり着く前に心臓まひで死んでしまうことが多々あるそうです。

1884年以降少なくとも5,567人が犠牲になった記録があり

人が刺されると最短1分で死亡するほど強い毒を持つとも言われ「殺人クラゲ」の異名を持ちます。
死に至らなくても数週間にわたって激痛が続き、触手が触れた部分にはひどい傷あとが残ることがあります。



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そんな特盛毒だくのキロネックスも
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海亀(アカウミガメ)だけは、なぜか効かず

おいしく食べられてしまうそうですww




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少し古い動画ですが・・・・
最後まで見るに耐えません・・・

何と悲しい無知蒙昧の中身のないタレント達の言葉でしょうか。
その辺に転がっている雑誌で拾った言葉の羅列に過ぎず
自分で調べず考えず、一人称でしかなにも見えない・・・・
木村祐一さんに至っては
小学生以下です・・・
「理想論」にすらなっていません・・・
それでいて「俺いい事言ってるだろ?」感が高圧的にでて
不快極まりないです。

TVは、やはりタレントのお遊びに過ぎないのでしょう。

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人と人の間に生きざる得ない人間の中に置いて
他者と比較して自分の立ち位置を確認する事は大切ですが
時折、位置ではなく価値を見出そうとしてしまう事があります。

価値を見出そうとした場合、自分が高いと思えば
傲慢になったり、全能感を捨てきれなかったり、保身の為に虚勢や高圧的になったりし
自分を低く見積もれば、卑屈になったり、自己憐憫に陥ったり、妬みや嫉みの餌食となり
自暴自棄に鬱屈してしまいます。


人が持っているものを羨む事は、同時に人が持たないことを喜ぶ感情です。
非建設的ですよね?


自分には自らに必要なだけの能力とそれぞれの役割を持っていて
何が不服に感じるでしょうか?


個性と言う枠組みの中で価値は多種多様であり、受け手によっても常に千差万別ですから
自分だけで決まるものではないはずです。


自分の位置を客観的に捉える為の比較は
自分の価値を確認するものではないと思います。

それは気づけばいつの間にか、誰しもが越えていった峠ですから
恐るるに足りないことですよ。




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