野田市を散策しました。
昔は、櫻木神社さんによく行ってましたが、月替わりの御朱印を始めた頃から、行かなくなりましたね~。

混むのは好きじゃないし、最近別に限定にも最近引かれません。

御朱印の頂けない神社だって、素晴らしい。
最近、そうな風に思えるようになってきました。

野田市は、お醤油の街。
現在は、キッコーマンとキノエネ醤油しかありませんが、元々は、小さな醤油の店が合併してキッコーマンという大きな会社になっていったのです。

現在、当時の面影を観ることができるのは、野田市郷土博物館の茂木佐平治邸
裏門 

茂木七郎衛門住宅(琴平神社の参照の事)

茂木本家住宅。 
土蔵と煉瓦塀

高梨家住宅(上花輪歴史館)、そして懐石 あた宕(旧茂木房五郎家住宅)こちらも、元醤油製造元です。 全て重要文化財です。

内、内部公開しているのは、茂木佐平治邸(野田市郷土博物館)、高梨家(上花輪歴史館)、懐石あた宕のみです。

どれも、素敵な邸宅です、料亭あた宕は、値段が怖くて行かれませんガーン


お醤油によって、育まれた街は、お歳をめした方々にとって、今で言う渋谷みたいな街だったそうです。

まず、千葉県で初めて郷土資料館ができました。 建築したのは、日本武道館や東京タワーを設計した、山田守。

当時は、郷土に関係なく古いものを寄付と言う形で集めたそうです。
開館60周年と言う事で、現在当時の展示を再現したコーナーがあります。

石田三成の兜に、正倉院のどのようなものがあるかを調べていた方の中にあるものを描き屏風にしたもの。など、なんだか凄いものが沢山ありました。

茂木佐平治邸は、別枠で設けたいと思いますあせる

こちらは、興風会館。
最大506人の客席を持つ大講堂や集会室、地下ギャラリーがあり、市内の文化、体育関係の事務局がおかれています。
昭和4年(1929)の竣工当時は、千葉県庁に次ぐ大建築であったといわれ、建築様式はロマネスクを加味した近世復興式のもの。設計者の大森茂氏は、神田駿河台の明治大学旧校舎を設計した人で、デザインの巧みな建築家として知られています。平成13年に耐震構造に改築し、竣工当時の外観を再現しました。
平成9年に国の『登録有形文化財』に登録されました。

旧野田商誘銀行 
ちなみに、醤油に掛けて商誘銀行となったらしい。

この建物は大正15年に建築され、陸屋根2階建ての鉄筋コンクリート造りで、外観はアールデコ様式です。
レリーフなどの装飾や玄関の円柱など、当時の銀行の重厚な雰囲気が今も感じられる建物です。
千葉銀行との合併後は昭和45年まで千葉銀行野田支店として使用されていましたが、現在は清水公園を管理運営している「千秋社」が使用しています。(内部は業務で使用されているため、見学は外観のみです)

茂木佐公園 
茂木佐平治邸の所有地であったが、大正末年に公園として解放された。 

公園内 金寶殿本社 
茂木佐平治家の屋敷神
稲荷神と龍神が祀られている。

近くで見れないのが、本当に惜しまれる。
手水舎も大唐破風作りで珍しい。
彫刻も凄い。




とても、屋敷神とは思えない規模と彫刻である。

こちらは、愛宕駅price前にある稲荷社。
元は、どこかの屋敷神だったと思われる。
手水舎もある。

愛宕駅の駅前開発があり、だいぶ変わった地域である。小さいながらも、彫刻などしっかりしているので、この辺りにあった醤油製造者の屋敷神だったと想像する。

すぐ近くに、割烹 あた宕がある。