☆BerryHappyDAY☆ -7ページ目

☆BerryHappyDAY☆

我が子の日々の成長を綴る、親バカ日記です(*゚ー゚)

古い友達に連絡を取りました。

すごく仲良かったわけでもないし
すごく連絡したかったわけでもないけど
用事があって連絡しました

でも、その子は私の用件。。。全然わからなかったみたいです。

こんな書き方してもなんのこっちゃわからんね(´・ω・`)

私には大ハプニングだったのに
その子にとってはわからないことだったのがショックで
てか、そこはわかってもらえると思って連絡したのに
ちょっと残念というか何というか。。。

とりあえず私の名前覚えてくれていただけでも
何とかなったというか。。。(´Д` )

こんなこと普通にあるよね。
同級生の顔みても名前わからないとかさ(´Д` )
凹むことでもないと思うけど、私がおせっかいだからダメなのか(´・_・`)
文脈ぐちゃぐちゃでごめんなさい
思ったこと聞いたことを残しておきたくて。。。





私、死後の世界だとか全然興味なかったし
霊は怖いとか思ってた。

でもさ、友達が亡くなって思ったんだけど
向こうの世界行く前に、ちょっと寄ってくれたかな?とか
友達にとっては私のことより旦那様が絶対大事だったはずよねww
でも思ってしまった。


すごーく元気で自分が病気だってわかるまえから
「散骨してほしい」って旦那様に言っていた事を聞いて
なんか自分が先に亡くなるって察してたのかなー?って旦那様と話ししたり

旦那様も後追いまで考えてしまったことや
精神的にやられてて入院中なことを知って
友達がすごく愛されてたんだなって知りました。
でも、家に一人で住むと淋しいからって違うとこに引っ越す予定を立てていることや
2人で「この床はどうする」とか考えたのにって思うと、売りに出すのは忍びなくて家をどうするかって悩んでることとか。

旦那様と会うのは結婚前以来だから10年ぶりくらい。
しかもその時ってカラオケ行ったから喋ってないようなものじゃない!?
そんな私たちに、ここまで語ってくれてちょっと嬉しかった。

友達が亡くなる3日前くらいに
「お父さんがここに来てる」って友達が言っていたらしくて
今考えるとお迎え現象だよねって話を聞きました。
友達のお父さんは、友達が亡くなる前の年に亡くなってて
私は知らなかったんだけど、お父さんのこと大好きだったんだって。
迎えに来てくれたんだったら向こう行ってもきっと寂しくないよね。

49日。
「気のせいかもしれないけど寝ていて金縛りにあって、布団を何回か引っ張られた感覚があって帰ってきてくれたのかなって思った。」
旦那様が言ってました。
あー、やっぱ旦那様が一番よね。私のとこにはこなかったわ。。。
旦那様はよく夢で会うらしいんだけど、私は見てないし、私の愛が足りんのか。
枕の下に写真でも置いて寝ようかな。。。


こういうことってドラマの中の世界で、現実にはありえない話だと思ってんだけど
実際身近で起きると信じるよね。


向こうの世界ってどんななってるんだろ。
元気な時の姿で痛みも何もなく過ごしてるのかな?
私が向こうへ行ったときとか行く時とか迎えに来てくれたり一緒に遊べたりするかな?
てか、私がおばあさんになって死んだら・・・その姿だと気づいてもらえない!?
ぶっちゃけトークしたいんだけどなー。
正直、遠慮してた部分があって聞けなかったことや
次会った時に言おうと思ってたこともあったし。
次っていつよ!?私も年取るしその時まで覚えていられるか不安だわ。。。
すぐにでも会いたいけど、まだまだ死ねないのよ!

生まれ変わるってどうなんだろ?
身近な子の子どもとして生まれて「私だよ」みたいなのないかな?
3歳くらいの子と私が対等に喋ってたりwww
旦那様に聞かなかったけど、厄払いはしっかり行ったのかとか聞きたいし!
普通に病院で忙しくて行けなかったとか言われそう・・・
私の夢?は膨らむわ~。あれ?現実逃避かしら?
まぁ、いいのよ。
あの子とはこんな話してたからこれ読んでてくれたら普通に返信がくるわw
きっと私が泣いてるの見たら一緒に泣きながらシバかれるからさ。
楽しく笑ってなきゃね。

今度仲が良かった友達と時間作って、中学~今までの思い出話に花を咲かせてこようと思います。
近くにいたらきっと立ち寄ってくれるよね♪


1月中旬
うちの母から手渡された手紙は友達の旦那様からの訃報でした。

「今年はみんなで会えるといいね!」
そんな内容の年賀状を送った矢先の出来事で、体調が悪いとか聞いてなかったし、いつも明るい子だったからこんなことになるなんて思ってもいませんでした。

昨年12月4日 32歳 腎臓癌で亡くなったそうです。

3月頃から原因不明の熱が出ていて病院を受診するも原因が分からず
もしかすると日本に数人しかいないような病気かも・・・と言われて東大病院まで行っても原因が分からず・・・痛みもあり車椅子生活をしていたそうです。
腎炎だと言われ入院をし、調子もよくなり退院したそうですが、またすぐに調子が悪くなり入院。
亡くなる少し前に癌だとわかり余命宣告。
その時にはすでに全身に転移して寝たきり状態。
治療のしようがなくて、ホスピスに入ったそうです。
「あと3ヶ月だけど、ここでゆっくり過ごそうね」
旦那様とそんなことを言っていた数日後、息を引き取ったそうです。

「自分と同じような病気の人を助けれるように病理解剖してほしい。」
そんな願いから病理解剖もしたそうです。

身体が痛いのに亡くなる直前まで気丈に振る舞い、周りに心配をかけないようにと振舞っていたという話を聞いただけで目に浮かびました。
中学の時から変わってないなぁ。。。
自分が一番大変なのに、残る人たちに手紙を書こうと自らリハビリもしていたそうです。
亡くなる直前
「やっぱダメだったわ。先行ってくるね」そう言って亡くなったそうです。
きっといつもみたいに明るく言ったんだと思います。
最後までみんなを想って生きていたんだなって・・・


ずっと健康でいることが当たり前だと思っていて
癌なんて私の年代でかかることはまずないと思っていました。
そんなことを思っていた私ですが、数年前は左胸に目視でわかるしこりができ
癌なんじゃないか!?って検査もしたんです。
平和ボケだよね。。。何忘れてるんだか。。。