本来であれば、私たち夫婦の記念日でした。
結婚して4年目になるんだな
なんて思って
主人のことも少し思い出しつつ過ごしていたのですが
よし、帰ったらお祝いしよう!
と仕事のお昼休みに思って午後の仕事を頑張って乗りきろうと仕事を2時45分頃から始めて2、3分経った頃
患者さんの視力検査をしていました。
フラフラとする感じがして、めまいのような感じがしたので、あまり気にしていなかったら
船のようにグラグラ揺れてきたので
『え、地震!?』
という感じでした。
大きさと揺れの長さにはビックリ
周りが仕事をしていて、わたしもまた検査に戻ったのですが
余震は続いていて
患者さんは少しパニック状態。
なだめながら、病院の建物はしっかりしていて、東京は被害が少なそう…
と思っていたら
『宮城県は震度7』
と聞いてビックリでした。
唖然としてショックというか
とにかく、宮城県が実家なので家族と親戚の安否が気になりました。
青森にも主人の両親がいるので、青森もどうなのか気になっていました。
でも、わたしは仕事を続けなくてはいけなくて
テレビを気にするわけにもいかず
大津波が来ていたことも後で知りました。
連絡も繋がらないのでしようがなくて
とにかくわたしが出来ることは、無事を祈ることのみ。
連絡がつく頃に安否を確認することしか出来ないんだな…
と非力に感じました。
その日は東京も電車が全て止まり
わたしも帰宅困難者の1人になりました。
幸い、子どもは職場の近くの保育園だったため
迎えに行けて合流は出来ましたが、帰りはどうしたら良いのか判断がつきません。
夜になると寒くなり、バスがあることを聞いて、子どもがいるからとにかく帰らないと、と並ぶ前にお財布がないことに気づきました。
バカなわたしです…
朝は定期を使ったので気付かなかったまま、後でないことに気づきました。
交番の目の前だったので、お巡りさんに事情を話すと、ポケットマネーで千円貸してくれました。
連絡先も何も聞かず貸してくれて、本当に有難い。
足りないような気がして、職場に戻り事情を話して、お金を貸してもらいました。
バス停に戻り並ぶと、さっきまで来ていたバスがなかなか来ません。
寒くなってきて、帰る方向が同じおばさんと仲良くなりました。
そのおばさんは60歳近いのに、パワフルで
『歩いて行く』
と言い出したので
わたしもついて行くことにしました。
とにかく1人で歩くより、お互いの身の上話をして励まし合い
3時間歩いていました。
気付くと電車が動いています。
どれだけ嬉しかったことか…
途中で、コンビニの暖かいコーヒーをご馳走になりました。
こばちゃん、ありがとう。
あなたがいなかったら、わたし歩けてなかった…
職場を聞いたので今度会いに行ってきます。
わたしたちは、帰るのも不安で近くのママの先輩の家に泊まらせていただきました。
本当に有り難くて、実家も心配なわたしの気持ちを察してくれました。
その日のうちに連絡がついたのは、貨物船にのって兵庫県にいた父のみ。
本当に心配だけが頭をよぎる1日でした…
忘れられない1日になりそうです。
結婚して4年目になるんだな
なんて思って主人のことも少し思い出しつつ過ごしていたのですが
よし、帰ったらお祝いしよう!
と仕事のお昼休みに思って午後の仕事を頑張って乗りきろうと仕事を2時45分頃から始めて2、3分経った頃
患者さんの視力検査をしていました。
フラフラとする感じがして、めまいのような感じがしたので、あまり気にしていなかったら
船のようにグラグラ揺れてきたので
『え、地震!?』
という感じでした。
大きさと揺れの長さにはビックリ
周りが仕事をしていて、わたしもまた検査に戻ったのですが
余震は続いていて
患者さんは少しパニック状態。
なだめながら、病院の建物はしっかりしていて、東京は被害が少なそう…
と思っていたら
『宮城県は震度7』
と聞いてビックリでした。
唖然としてショックというか
とにかく、宮城県が実家なので家族と親戚の安否が気になりました。
青森にも主人の両親がいるので、青森もどうなのか気になっていました。
でも、わたしは仕事を続けなくてはいけなくて
テレビを気にするわけにもいかず
大津波が来ていたことも後で知りました。
連絡も繋がらないのでしようがなくて
とにかくわたしが出来ることは、無事を祈ることのみ。
連絡がつく頃に安否を確認することしか出来ないんだな…
と非力に感じました。
その日は東京も電車が全て止まり
わたしも帰宅困難者の1人になりました。
幸い、子どもは職場の近くの保育園だったため
迎えに行けて合流は出来ましたが、帰りはどうしたら良いのか判断がつきません。
夜になると寒くなり、バスがあることを聞いて、子どもがいるからとにかく帰らないと、と並ぶ前にお財布がないことに気づきました。
バカなわたしです…
朝は定期を使ったので気付かなかったまま、後でないことに気づきました。
交番の目の前だったので、お巡りさんに事情を話すと、ポケットマネーで千円貸してくれました。
連絡先も何も聞かず貸してくれて、本当に有難い。
足りないような気がして、職場に戻り事情を話して、お金を貸してもらいました。
バス停に戻り並ぶと、さっきまで来ていたバスがなかなか来ません。
寒くなってきて、帰る方向が同じおばさんと仲良くなりました。
そのおばさんは60歳近いのに、パワフルで
『歩いて行く』
と言い出したので
わたしもついて行くことにしました。
とにかく1人で歩くより、お互いの身の上話をして励まし合い
3時間歩いていました。
気付くと電車が動いています。
どれだけ嬉しかったことか…
途中で、コンビニの暖かいコーヒーをご馳走になりました。
こばちゃん、ありがとう。
あなたがいなかったら、わたし歩けてなかった…
職場を聞いたので今度会いに行ってきます。
わたしたちは、帰るのも不安で近くのママの先輩の家に泊まらせていただきました。
本当に有り難くて、実家も心配なわたしの気持ちを察してくれました。
その日のうちに連絡がついたのは、貨物船にのって兵庫県にいた父のみ。
本当に心配だけが頭をよぎる1日でした…
忘れられない1日になりそうです。