朱い夢


第一章  黒の悪夢


    


 秋山 愁平は大いに悩んでいた。


彼はスーパー・マーケットのある一角で、かれこれ五分程立ち尽くしている。


「やっぱ、カットされた方が食べやすいよなぁ…」


 愁平は左手に目をやる。そこにはプラスチック製のケースに入った、カット済みのロールケーキがある。


右手にもロールケーキ。こちらはカットされておらず、セロファンに包まれている。

彼は二つのロールケーキを持ったまま、ずっと悩み続けているのである。


「あー、でも、こっちの方が安い上にボリュームあるしなぁ……」愁平は右手を胸元まで上げる。


「けど、こっちの方が美味しそうなんだよなー」左手も胸元まで上げた。


 結果として両手でロールケーキを捧げ持つような感じとなり、見た目としては恥ずかしい格好なのだが、


愁平は気にすることもなく真剣に左右を見比べる。


 ケーキと並んで冷蔵装置付きのケースに置いてあった左のロールケーキは、量が少ないものの見た目が上品である。


ケーキ屋に置いてありそうにも見える。右はパンと常温で置いてあり、見た目からして安っぽい感じがする。

「質より量だな…!」


 食べる人間のことを考えたら、その方が良いと自然に思った。相手はケーキをホールで食べる人間である。


質よりも量を選びそうな気がした。愁平はその勘を信じ、足元に置いてあるカゴの中に安っぽい方を入れ


もう片方を元の場所へと戻した。カゴを持ち上げようとして、中がいっぱいになっているのが目に入った。


これ以上商品を入れることが出来そうにないので、カートと新しいカゴを取りに行こうか、しばし考え込む。



ブーッ ブーッ ブーッ



 上着のポケットに入れてある携帯電話が鳴り出した。


「はい」


 出て、相手を確認しなかったことに気づく。


「……遅い」


 相手はそう一言呟くと、電話を切ったようでツーッツーッツッーと無機質な音が耳元で響いた。


呆気にとられ、しばらく誰とも繋がっていない携帯を見つめた。


「うーん」小さく唸って、通話履歴を確かめる。


相手は思ったとおりの人間であり、愁平のアルバイト先の上司である春海だった。


時間を確認し、既に十数分間彼らを待たせているのに気づいた。


急いで戻って来い、と言われていたのを思い出し、愁平は慌ててレジへと向かう。


レジの前の棚にあった物が目に付いたので、それを引っ掴んでレジへと駆け込んだ。