学園に 4機目となる 翼
1962年、戦後初に誕生した双発の国産旅客機 YS - 11” 当時は、182機を製造。
長年の活躍から 2006年には、惜しまれながら民間定期路線からも引退している名機でした。
いつでも 飛べる” YS - 11
航空機専門に修理を手がける企業に『エアロラボインターナショナル』があるのですが。
国土交通省でフライトチェッカーにすべく運用さえれていた YS - 11を飛行可能な状態に修理。
動態保存されている機体が香川県の高松空港に駐機してあったのです。
民営化の余波を受け・・
ところが高松空港は4月に民営化され、10日以上の駐機を認められないことになりました。
このままでは、貴重な飛行可能の機体を解体するしかない運命の YS - 11。
そこに日本航空学園の側からが受け入れ表明があったのです。
黒い尾翼には、エアロラボ・・のロゴ
今月、はるばる 四国の高松空港から能登空港に空輸が決定!実に3年ぶりの離陸です。
海を越え四国から飛来した YS - 11 の勇姿は、地元報道機関により紹介されました。
操縦士や整備士を養成する航空学園の学生たちから温かい歓迎を受けた名機。
新たな余生を学生達と送ることになりました。
空港滑走路に隣接した学園のエプロン(駐機場)にはYS - 11 4機の姿が。
日本の航空機技術の伝統的な遺産ですね。
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