土曜日の夕方、家にいるときは見ている番組があって、
その番組のスポンサーさんは、とある製薬会社で、
その中のひとつのCMを見るたびに、思い出してしまうことがります。
そのたびに引きずってるってわけではないんですけどね。
あのときの私には、そうするしか出来なかったわけだから。
ちょっと重い話かもしれませんので、
気分じゃない方はスルーでよろしく。
「がんの痛みはがまんしない」
っていう藤村俊二さんが出演しているCMなんですけどね。
その昔、
私は父親が亡くなった同じ年に、
当時の義父も亡くしています。
(ちなみにですが、同じ年に祖父も亡くなりました・・・)
二人とも、ガンを患っていて、別々の病院に入院してました。
父が亡くなったのが2月。
その四十九日を待っていたかのタイミングで、義父の容態も悪くなっていって
またタイミング悪く、義母も別な病気で入院していたのですね。
そのため、義母の病院へは義姉が、
義父の病院へは私が毎日行ってました。
自分で起き上がっていることが出来なくなっていたので
朝食以外の食事時は、かならず行って、食事の介助をしてました。
その後の歯磨きも忘れずに^^
で。
途中色々ありましたが省略させていただき(笑)
数ヶ月がたって、
余命宣告をすでにすぎていたんですけど、
頑張りやさんというべきか、じっと耐えるタイプの物静かな義父は、
痛いとか、苦しいとか、いやだとか、言わないんですね。
あ、一回だけ言ったな、そのジュース飲みたくない、すっぱいからって(笑)
病院でも勧められていたジュースだったので、いいから飲めと飲ませましたが。(鬼)
でも、顔を見ていると辛いのわかるじゃないですか。
それでも、本人がまわりに気を使って、
というか、今思えば、
嫁(当時)の私にわがままを言えなかったんでしょうね。
また、それでも毎日顔を出す私に、辛いといえなかったのでしょう。
あるとき、
もう顔が辛いと言っている。
体全体で痛いと言っているっていう日がありました。
もう痛み止めはかなり使ってたので、朦朧としていることも多かったですが、
思い切ってたずねました。
痛い?
そんなのわかってることではありましたけどね。
義父は頷きました。
我慢しないで、痛かったら痛いっていっていいんだよ
まさしく、今やってるCMのまんまの言葉をかけてました。
人って、暑いときは暑いっていったり、眠いときに眠いって言葉に出すことで
すこしだけ発散してたりするじゃないですか。
だから、
言っていいよ。って言ったんです。
そしたら、
訴えるような声で、涙を流しながら、痛い、痛いって。
今でもはっきり思い出します。
本当に我慢していたんだなって思って、
もう少し、薬増やして痛みとろうか?どうしようか?
って聞きました。
義父は、とにかく痛いを繰り返しました。
ずっと我慢をしてきたんだと思って、
痛み、とってもらおうね。っていうと、頷いたんです。
でもね。
痛み止めを増やす (のか、濃くするのか、変えるのかはわかりませんが) ことは、
すごく大きなことなんですよね。
痛みをとってもらう処置をしたあとから
食事を自分で食べられなくなってしまいました。
介助をしても、です。
もちろん、体にも負担がかかります。
食事を点滴にかえてからは、
お話をすることもほとんどできなくなりましたし、
それから一気に弱っていった感じでした。
あの時、痛いって言っていいんだよって言わなかったら
もうすこし、長く生きていられたのかもしれない。
少なくても、自分でご飯をもう少し食べられたかもしれない。
あの時、私のしたことは、間違っていたのかもしれない。
そんな風に当時は思いました。
体を少しでも楽にさせてあげたかったなんて、
私のエゴだったんじゃないかっても思いました。
今ももちろん正解なんてわからないですけどね。
後悔とも違うんですよね。
人生に IF はないですもんね。
ただ、
そのときの事を、きゅるきゅるきゅるるっと早巻きで思い出してまうCMなんです。
ほんの少しの懐かしさと一緒にね。
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っていうかねぇ、
自分で胃にモノを入れられなくなって、栄養は入れていても
やっぱりお腹はすくんですって。
当然なんだけど。
あるときにね、
義父がすやすや寝ているなぁと思ったんだけど
手が動いてるんです。
ん?
と思って、良く見たら
ベットで仰向けで横になった状態でね
エアナイフとエアフォークで、エアステーキを丁寧に切って食べてましたのよ。
その姿をみて、夫(当時)とちょっとだけ笑ったんですけど、
きっと、そのときのこともあるから、
もっとご飯をたべたかったんだろうなって思いが抜けないのかもですね。
でもねぇ、
目には見えなかったけど、
じょーずに、丁寧にステーキ切って食べてましたよ^^
きっと上質なステーキだったんだろな。
