私の現在の人生観に大きな影響を
与えたのが、
中学時代の友達との対話と
就職活動。
心が弱っていたその人との対話は
大学生の頃から始まって、
今でも何か大きなことを抱えると
その人にとりあえず言ってみたりします。
本気で死ぬとか生きるとか
話して。
一緒に考えて悩んで。
私なりの答えを出しては
伝えてみてって。
その過程こそが、
今の自分の根幹にあるなって
思ってます。
心が弱っている状態の
話を聞けば聞くほど、
その心理状態が
なんとなく理解できて
めっちゃ苦しいな
って。
自分を責めることしか
出来なくて
八方塞がりの中で
息苦しさだけが
押し寄せてくるような感覚。
だけど。
誰のことも責められない。
そんな心理状態の中で
求めている言葉って
なんだろうって
考えているうちに
ふと出た言葉が
今、自分を助けてくれたりします。
私が見てきた世界には
沢山の「あるべき像」があって。
中学校を卒業したら、
高校に行くべきで
高校を卒業したら
大学に行くべきで、
大学を卒業する頃には
ちゃんとした就職先を
決めるべきで。
結婚するべき。
毎日歯を磨くべき。
毎日お風呂に入るべき。
べき、べき、べき………
「平均値」になるように
生きようとしてしまう。
………苦しいっすよね。
本当は凄く自由なのに。
何も無いのに。
何故か何時の間にか
出来上がった常識に囚われて
どんどん苦しくなっていく。
大学3年の夏に始めた
就職活動でも、
同じような結論に
たどり着きました。
最初は
「沢山エントリーシート書いて、
沢山面接受けて、
1社でも採用してくれた所で
精一杯働こう!」
なんて意気込んでいたんですけど。
色んな企業の理念を聞くほどに
そんな何社も受ける必要ないなって。
自分が惚れ込んだたった1社に
全力投球した方がいいなって。
思って。
たった1社だけ受けて。
たった1つだけの内定を決めました。
盛んに報道されているのは
寝る間も惜しんで、
膨大なエントリーシートを書き、
何十社と面接を受けて
睡眠時間はおろか、
体力も精神もすり減らしていく
就活生の姿。
あたかもそれが
当たり前でいるかのように。
不採用をもらうたびに
人間として否定されたような、
欠陥人間と言われたような
感覚になりなって。
ようやく決まった会社に
すがりつく。
仕事内容がどうであれ、
労働環境がどうであれ、
就活のツラさが
フラッシュバックしかけて
辞めたくても辞められない…
誰得だよ。
まじで。
得をするのは
ほんの一握りの
就職支援系の企業だけ。
不安に煽られた就活生は
内定を掴み取るためなら、
何冊もの参考書を買う。
スーツも買う。
バックも買う。
靴も買い、
内定セミナーも受ける。
それが内定を掴み取るために
欠かせない「努力」
であると信じて疑わずに。
つまり。どういくことか。
売れる。
とにかく、売れる。
『就職支援グッズ』が売れる。
ただ。
それだけ。
就活生は
不安なあまり何社も受けて、
何社も内定をとって、保険をつくる。
そしてギリギリで切っていく。
企業も
内定を出してからも辞退する人が
増えるため、募集よりも多めに内定を出す。そして、やっぱりギリギリで切っていく。
本当に残すべきものを見極める為に
面接の数と負担ばかりがどんっどん
増えていく……。
今一番多い企業で
何回面接するんだっけ?
9回?10回?
何度も言うけど。
誰得だよ。
お互いに首を締めあって。
潤うのは
就職支援系企業のみ。
これも結局『べき』って
考え方があるからでしょ。
大学出たら就職するべき。
新卒で採用するべき。
必死こいて内定を掴み取るべき。
…とまぁ、
こんなにも熱く語る程度に
就活についても色々考えました。
ちなみに、私の就活は
面白かったです。
合同説明会行って、
普段なかなかフォーカスしない
物流とか、
建築とか、
そういった企業の方のお話も
聴くことが出来て、
「こんなポリシーで
仕事をされているのか!
なんてかっこいいんだ!」
なんて思ったりして。笑
そんな意味では、就活ってのもは
悪くないと思います。
だけど、絶対不安に煽られて
やるものじゃないと思うんですよ。
まして。
死にたくなるようなものじゃないはず。
だいぶ長めの投稿になりました。
さて。
荷物整理に戻らなきゃな。
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