尖閣の世界遺産登録を狙う中国の地図爆買い
中国・湖南省長沙の印刷工場で、刷り上がったばかりの中国の「公式地図」。ニセ地図よろしく、尖閣も中国領としている=2014年6月27日(AP)
中国人は日本製品を爆買いするが、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を中国領だと明示する地図は見つけられぬようだ。日本領なので当然だ。中国が古地図市場が充実する欧州などで、外交官や工作員を使い「もっともらしい地図」を買い漁る《地図戦》は小欄で紹介したが、購入への執念は異常性を増す。「地図」をユネスコ(国連教育科学文化機関)に提出→尖閣を世界遺産登録→領有権を世界に発信する謀略を策定中だと、小欄は観ているためだ。
となると、残る手段は偽造。模倣品王国の中国なら、さぞ精巧なニセ地図が仕上がるはず。尖閣を日本領と明記した中国政府発行(1969年)の公式地図を日本政府が3月に公表した直後、中国外務省報道官は「帰属を示す百枚、千枚の地図を探し出せる」と自信たっぷりだったが、贋作技術へ寄せる信頼だったのだ。寺田寅彦(1878~1935年)の随筆《地図をながめて》に次の一節がある。
《一枚から(中略)得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なものである》
海のシルクロードで準備
次々に明るみに出る尖閣の日本領有を証明する地図はこれに当たる。対する中国は、日本や領有係争相手国を利する中国内外所蔵の真っ当な地図を密かに焚書にしている。随筆は続く。
《一枚を絶版にして、天下に撒布されたあらゆる標本を回収しそのただ一枚だけを残して他はことごとく焼いてしまったとしたら、その残った一枚は(中略)場合によっては一万円でも買い手があるであろう》
随筆を発表した1934年当時の政府予算=22億円を考えれば1万円は大金。中国に燃やし尽くされる前に、大枚をはたいても尖閣領有を証明する地図=文化財を保護する覚悟が、現在の日本政府にも求められる。
中国沿岸部の9都市は2014年、古代の輸送ルート・海のシルクロードを世界遺産に登録すべく準備を始めた。文化遺産担当官庁が南シナ海のパラセル(西沙)諸島海域で頻繁に歴史調査を行い、清朝時代の建設資材などを見つけた、とか。16年を目途に沈没船発掘にも乗り出す。パラセルは全島嶼を中国が実効支配するが、ベトナムや台湾も領有権を主張している。スプラトリー(南沙)諸島へも調査・発掘を拡大中だ。スプラトリーは中越台に加えフィリピン/マレーシアが入り乱れて実効支配する。歴史調査・発掘を隠れミノに、領有権を世界に向け発信する中国の野望はミエミエ。
そも、南シナ海の海底を掘削して出る大量のサンゴや砂・岩で8平方キロを埋め立て、コンクリートを流し込んで数多の軍事基地を構築、環境破壊を止めない中国が世界遺産申請=文化財保護とは片腹痛い。浚渫船やブルドーザーを使う荒っぽい掘削は、係争相手国の歴史的文化財を葬るのにも都合良さそうだ。
「歴史調査用基地」も出現
必要とあらば《戦略的国境(辺疆)》を拡張し、他国領だろうが編入する覇道を“王道”だと錯誤する、中華帝国の狂信性は怖い。従って、中国が尖閣の世界遺産登録に食指を動かしても驚きはしない。尖閣が歴史的に海のシルクロードの道筋に在ったか否かは、この際意味を持たぬということ。
“歴史調査・発掘用基地”も浙江省温州市に出現する。一つは準軍隊・海警局の管轄で、50ヘクタールの敷地に排水量1万トンの公船6隻が停泊できる1200メートル岸壁や航空機用格納庫の完成を目指す。中国大陸の都市中最短の350キロで尖閣に至り、現行基地に比べ100キロ航路が短くなる。一方、温州市沖の島では軍の基地が建設中で、滑走路やヘリポート、最新レーダーや高速通信施設が設けられる。尖閣まで300キロで、沖縄本島からより100キロも近い。
航路短縮と公船の大型化は、尖閣海域における遊弋期間を飛躍的に延長し、既成事実の積み上げに貢献する。
中国は現代版シルクロードでも陰謀を巡らす。習近平・国家主席(62)は13年に《シルクロード経済ベルト》と《21世紀海上シルクロード》を別々に打ち出し、14年に2つを合わせた《一帯一路》構想を明らかにした。中国を起点に、ベルトは(1)中央アジア・ロシア~欧州(2)中央アジア~西アジア~ペルシャ湾~地中海(3)東南アジア~南アジア~インド洋の3陸路。ロードは(1)南シナ海~インド洋~欧州(2)南シナ海~南太平洋の2海路。いずれも、世界経済の大動脈だった古代シルクロードの再現を強烈に意識する。
「一帯一路」構想の正体
(1)政策の意思疎通(2)インフラ・交通の整備・連結(3)貿易円滑化(4)資金融通(5)民心の意思疎通-の5分野で沿道・沿岸国との協力をうたう。中国は「古代シルクロードも芸術・技術・学術や人々の交流を通じ経済・文化・社会発展や異文明同士の対話・融合を進め平和・友好を築いた」と「ウィン=ウィン関係」を強調。「中国版マーシャルプラン」とさえ自賛する。確かに第二次世界大戦(1939~45年)後、疲弊した欧州の復興を米国が援助し、米国企業にも巨大な欧州市場を提供したマーシャルプランは米欧双方に利益をもたらした。
ただ、「中国版」は一帯一路の沿道・沿岸に多い途上国への影響力を強めるマキ餌にとどまらず、後に軍事援助に重心を移した本家・米国版を手本にしているのではないか。
実際、一帯一路構想発表2カ月前、早くもこの構想は火薬臭を漂わせながら正体を現す。スリランカ・コロンボ港に入る外国軍艦は協定上、港湾局が管理運営する埠頭に入港する。ところが、中国海軍の潜水艦は中国企業が管理運営をまかされたコンテナターミナルに投錨し、自国軍港の如く振る舞った。別の港では、公開入札もなく管理運営権が中国に渡った。
恐るべきは中国の手口。複数のインド洋沿岸国で巨額投資を行っているが、まずは商業港として完成させ、貿易急増を待つ。被投資国は政治・経済上の中国依存を深め、借款条件緩和などのワナで管理運営権を奪われる。ここまでは現に各国で起きているが、中国が整備した多くの“商業港”に、中国海軍艦艇がワガモノ顔で出入りする風景を見る日もそう遠くない。独裁者と汚職が跋扈する国々を貫く陸上の《経済ベルト》は、もっと早く軍用道路と化すやも知れぬ。防犯標語にもある。
《気をつけよう 甘い言葉と暗い道》
(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)
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