≪今こそ家族の機能重視策を≫ | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

「おひとりさま」の勧めは無責任 高崎経済大学教授・八木秀次



 山梨県山梨市主催の社会学者、上野千鶴子氏の講演会(18日)が中止になったことを、朝日新聞が不当であるかのように連日(15~16日付)取り上げて、結局、市側に中止を撤回させた。平成8年暮れから9年初頭にかけて、ジャーナリスト、櫻井よしこ氏の講演会が人権団体の中止要請や組織的な抗議電話で次々に中止に追い込まれた際、終始冷淡に伝えた同紙のご都合主義が窺(うかが)える。

 ≪最期まで「個人」貫く限界≫

 上野氏の場合は、ツイッターや同紙コラムでの見解を例に、「公費で催す講演会の講師としてふさわしくない」という意見が、約10件メールなどで寄せられ、2月に初当選した望月清賢市長が問題視して一旦、中止を決めた。

 市民に多様な意見を聞く機会を設けるのは結構だが、行政側にもおのずと見識が必要であろう。上野氏は、性をめぐる過去の発言などが問題にされたことについて、「ひとりでも最期まで在宅で」という、「講演のテーマに無関係」だと反論したが、講演のテーマ自体にも問題がありそうだ。

 テーマは、同氏の著書『おひとりさまの老後』(法研、平成19年)の内容を踏まえている。同書は、「女性に向けて『男いらずで生きていける』というメッセージを送っているんだから、あれは本当は危険な本なんです」(Voice 22年9月号)と、氏自らが述べているものだ。

 内容をまとめると、結婚していても子供がいても離婚しても生涯独身でも、長生きすれば、みんな「おひとりさま」になる。最期はみんな同じ「おひとりさま」。離婚も生涯独身もそれぞれハッピーで決して不幸ではない。

 要するに、最期はみんな「おひとりさま」だから、結婚しなくていい、子供も産まなくていい、離婚も怖くないという主張である。同時に、最期まで子供など頼らずに、「おひとりさま」で在宅し続けることの勧めでもある。

 上野氏の主張は「個人」として生涯を貫けということに尽きる。しかし、子供など家族を頼りにせず「個人」として最期を迎えることは可能だろうか。人の幸不幸を言う前に、「個人」の福祉を国や自治体が全部面倒をみるのは財政的に不可能というものだ。

 ≪子との同居は「含み資産」≫

 このことは既に大平正芳政権時に予測され、政府、自民党は「日本型福祉社会」、「家庭基盤の充実」構想を打ち出した。

 それは、まずは国民一人ひとりの自助努力が必要であり、そのうえで家庭、地域、企業、同業者団体が国民の福祉を担い、国はあくまで最後のセーフティーネットとなるべきだという考え方である。そして、福祉を担う存在として家庭を位置付け、国はその基盤を充実させる政策をとるべきであり、その意味で、英国型でも北欧型でもない「日本型」の福祉社会を目指すという構想だった。

 現在、国民年金保険料を40年間丸々納入しての毎月の年金支給額は6万5千円である。「おひとりさま」だと、とりわけ都市部では暮らせない金額であるが、子供との同居であれば、孫に小遣いをあげられる金額でもある。大平政権時は昭和50年代で、高齢者の6割が子供と同居し、その形態は「含み財産」ともいわれた。

 「家庭基盤の充実」構想は後の内閣によって、配偶者控除の拡充や配偶者特別控除の導入・拡充、同居老親の特別扶養控除の導入、専業主婦の第3号被保険者制度の導入などの形で日の目を見て、家庭を子供や高齢者の福祉を担う存在にし財政的に支援してきた。しかし、村山富市政権で、社会保障の単位が「世帯から個人へ」転換され、「男女共同参画」の名の下に家庭を「個人」に分解する政策が現在もとられている。

 ≪今こそ家族の機能重視策を≫

 だが、家庭を媒介とせずに国が直接、個人の福祉をみるのは今日の財政状況では不可能である。高齢者の「おひとりさま」化を煽(あお)るのではなく、近居の親子を一単位の家族と見なして税制上の優遇措置をとることや、所得税の課税対象を所得稼働者個人単位から家族単位に転換させるといった「家族の絆」を強める具体策(安宅川佳之著『家族と福祉の社会経済学』参照)が不可欠である。

 昨年9月4日に、最高裁が非嫡出子(婚外子)の法定相続分を嫡出子の2分の1とする民法の規定を違憲と判断し、その後、平等にすべく民法が改正された。これにより法律婚による夫婦とその間の子供という婚姻共同体は制度として動揺を余儀なくされている。この問題に対応すべく、法務省では民事局に学者、有識者、実務家、官僚から成る「相続法制検討ワーキングチーム」を設置し、私も委員として参画している。

 ここでは、遺産が住居だけの場合、婚外子の相続分が増えたことで妻が退去を余儀なくされることが予想されるが、妻の居住権は保護できないか、夫の両親を介護した妻に相続権が認められないか、などが検討されている。家族の機能を重視する法制度や政策が、今まさに求められている。(やぎ ひでつぐ)