【金曜討論】打越さく良氏、長谷川三千子氏
「選択的夫婦別姓制度」導入のための民法改正の可否について内閣府が実施した最新の世論調査によると、法改正の「必要はない」とする反対派が36・4%と、容認派をわずかに上回った。賛否の数値は相変わらず拮抗(きっこう)しているものの、反対派が賛成派を上回ったのは初回調査の平成8年以来のこと。そこで、選択的夫婦別姓制度の是非について弁護士の打越さく良氏と、埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏に見解を聞いた。(山田泰弘)
◇
≪打越さく良氏≫
■変更の自由は憲法上の人権
--選択的夫婦別姓制度の導入が、なぜ必要なのか
「婚姻時に夫婦が同じ姓になることでうれしいと思う人もいるが、幼少期や学生時代を過ごしてきた名前に愛着を持ち、自分のアイデンティティーと切り離せないものとして、改姓したくない人もいる。名前は自らのアイデンティティーを確立する上で、最も大切な要素の一つ。男女ともに姓の変更を強制されない自由も、個人の尊重を定めた憲法13条で保障されているはずだ。夫婦同姓を定める民法750条は形式的には中立的だが、婚姻時に96%以上は妻が姓を変えるという現実がある。著しい不平等が生じている点で、両性の平等を定めた憲法24条にも違反している」
◯社会生活の不便多々
--実際の社会生活で、どのような不利益が生じているのか
「働く女性の増加や晩婚化が進む中、姓を変えることで積み上げてきた業績が途切れてしまう場合がある。旧姓を通称使用する場合でも、運転免許証など公的文書にある名字との食い違いに日々悩まされ、旧姓での銀行口座の開設も難しい」
--結婚前の姓を通称としてどこでも使える法改正があれば、問題は解消されるのでは
「パスポートや免許証などで旧姓を使えるようにするのなら、なぜ戸籍だけ同姓にすることにこだわるのか、理由がわからない。戸籍でも別姓を認めるのが素直な考え方だろう。戸籍に夫婦の別姓を併記する方法を採っても、特に不都合は起きないはずだ」
◯当事者の意見大切に
--夫婦別姓にすると、家族の絆が薄れるという意見もある
「家族の絆は、夫婦が同姓かどうかという形式に左右されるものではなく、もっと実質的なもののはずだ。子供の姓が兄弟姉妹で違っても、家族としての絆は保てるだろう。誤解されがちだが、選択的夫婦別姓制度の導入を主張することで、法律婚の制度を否定しているのではない。むしろ、別姓のままで法律婚をできるようにしてほしいと望んでいる」
--今回の選択的夫婦別姓制度導入に関する世論調査の結果をどう見ているか
「法改正について『改めても構わない』とした人を世代別に見ると、一番の当事者である20代の女性で53・3%、30代の女性で48・1%と高く、導入の必要性を感じていることを示している。一方、調査対象の年齢別人数は、60~70代が20~30代の1・5倍以上と多く、若い世代の少なさが全体の結果に影響した。人権の問題は世論に左右されるべきではないが、統計上、結婚の主な当事者である若い世代の意見を重視するのが適切ではないか」
【プロフィル】打越さく良
うちこし・さくら 昭和43年、北海道生まれ。45歳。東京大学大学院教育学研究科博士課程中退。平成12年、弁護士登録。共著に「よくわかる民法改正-選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて」。夫婦同姓を定める民法の規定が、憲法違反だとする違憲訴訟の原告弁護団に参加している。
≪長谷川三千子氏≫
■理念なき制度導入には反対
--選択的夫婦別姓では、希望者だけが別姓にすることができ、全員が別姓になるわけではない
「法改正は夫婦別姓を望む人に便利になるだけで、同姓婚を望む人の迷惑にはならないという主張があるが、法理念の観点からすると筋が通っていない。民法の家族法は便利かどうかだけでなく、人間が家族とどのような関わりを持つかについて、一定のコンセプトや理念を示す役割があるはずだ。例えば、韓国は伝統的な儒教概念に沿って、完全な夫婦別姓となっている。これには納得できるが、そうした根拠や理念を持たず、単に便利なら良いという考えで法改正することには反対だ」
--夫婦別姓制に関する内閣府の調査では、賛否は拮抗している
「果たして本当に拮抗しているといえるのか、疑問がある。今回の調査では、民法改正の可否について、本来ならば、積極的な賛成派の割合を示す『必要がある』という選択肢を設けるべきだったと考えるが、実際には『改めても構わない』となっている。これでは、積極的に法改正を支持しない人までも賛成派に含めて、反対派と比較することになるのではないか」
●横のつながりを重視
--結婚後に姓が変わることで、仕事などで不利益が生じるという意見がある
「多くの企業で旧姓を通称として使えるようになっており、状況は改善されている。戸籍の夫婦同姓制度を維持しながら、パスポートや運転免許証などでも旧姓を通称として使えるようにする法改正をすれば、社会生活上の不便は解消されるだろう」
--戸籍における夫婦同姓制度を保つことの意義は
「婚姻時に戸籍上同姓にする現行制度には、父母や祖先という縦のつながりを尊重するのとは別に、婚姻の時点から、夫婦で新たな家族をチームのようになって作り上げていくという、いわば横のつながりの大切さを示す重要な意義があると考えている」
●家族解体の懸念ある
--両親が別々の姓を名乗った場合、子供への影響は
「子供の姓を生まれる前に決めるのかということなど、難しい問題が多いのではないか。子供の姓が宙に浮いた形になってしまうことが心配だ」
--選択 的 夫婦 別姓 制度に対し、どのような懸念があるか
「推進派の背後には、家族という考えの解体を進め、全てを個人単位で考えようとする原理主義的な個人主義思想が見え隠れする。しかし、家族という、個人を生み育てる人間社会の最小単位をないがしろにすると、姓名がその意味を失い、やがて社会全体も立ちゆかなくなるのではないか」
◇
【プロフィル】長谷川三千子
はせがわ・みちこ 昭和21年、東京都生まれ。66歳。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門は哲学。埼玉大学名誉教授。平成8年、著書「バベルの謎-ヤハウィストの冒険」で和辻哲郎文化賞受賞。共著に「ちょっとまって!夫婦別姓-家族が『元気の素』になる」など。