【土・日曜日に書く】客員論説委員・千野境子
◆ミクロネシア協働事業
一国の大統領が竹島によじ登り、運動家たちが大旗を掲げて尖閣諸島に侵入する。日本の領海・領域で見たくない光景が現実となり、危機管理能力や外交の戦略が問われた夏だった。
だが同じ頃、太平洋を南下したミクロネシア海域では日米豪が手を携え、ミクロネシア連邦(FSM)との協働プロジェクトが4年の準備期間を経て緒に就いた。
海洋資源への世界的関心の高まり、中国の西太平洋への進出が顕著となる折も折、タイムリーなこの展開は、ミクロネシア三国の海上保安能力強化支援プロジェクトという。三国とはFSMとパラオ、マーシャル諸島である。
皮切りとなったFSMのポンペイ島では8月17日、港に近い海上警察の敷地で小型艇1隻の引き渡し式が行われた。
主催のFSM政府や船を提供した日本財団だけでなく、海上保安庁の国際・危機管理官、さらに米沿岸警備隊(USCG)と豪州海軍の制服組も見守る中、FSMの警察官が国旗を掲げて入場、民族衣装姿の女性たちの斉唱する国歌が波穏やかな湾内に響き渡った。
ロンドン五輪開会式とは比ぶべくもないけれど、こちらも記念すべき国家行事。時おり降り注ぐ南国特有のスコールをよそに式典はつつがなく進み、希望者を乗せたピカピカの小型艇が港内航海デモンストレーションを行った。
実は私も乗船者の一人で、宇宙飛行士アームストロング船長ではないが、「この1隻は小さいが、三国には大きな飛躍」かもしれないと思った。全長15メートル、速力30ノットでしぶきを上げ全力疾走する小型艇は、特注の高性能通信設備を備え東京とのホットラインも首尾よく機能した。これなら違法船舶の取り締まりや人命救助にも迅速に力を発揮しそうだ。10月にはパラオ、続いてマーシャル諸島にも供与される。
◆広い海域に手薄な警備
ミクロネシア三国は陸地面積がわずか1389平方キロに対して、排他的経済水域(EEZ)は米豪に次ぐ世界3位の広さを持つ。
だが三国にはそれが悩みともなっていた。三国は自由連合盟約を結ぶ米国に安全保障を委ね、海軍を持たない。海上警備は自力ではとても無理なのにもかかわらず、先述のように地域情勢の変化でその重要性は高まる一方だった。
パラオが悪名高い反捕鯨団体シー・シェパードの警備の申し出に一旦は傾いたのも思いあまってのことだし、今年3月に同国北部海域で密漁中の中国小型船を逮捕した際には、現場へ急行した軽飛行機が計器不良で消息を絶った。
事件はパラオの海上保安能力の脆弱(ぜいじゃく)さを示しただけでなく、近くの中国母船がなぜ火災を起こし沈没したか謎のままで、この海域の今後の安全保障にあらためて懸念を抱かせたのだった。
これまで同海域の安全は三国の後見役である米国と太平洋地域が「前庭」の豪州が担ってきた。
とはいえ米国が本腰を入れ始めたのは、8月末にクック諸島で開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)にクリントン国務長官が代表団を率いて出席したことが象徴するように、近年にすぎない。
一方豪州は長年、太平洋巡視船計画(PPBP)で巡視船を12カ国に供与、海軍がアドバイザーを派遣するなど最大支援をしてきたが、船は交代期を迎え将来に向けて岐路にさしかかっていた。
ポンペイ島の港に係留されていた1隻も日本財団が贈った小型艇の倍以上の堂々たるものだが、稼働率は低い。操縦者も燃料も不足し常時動かせないのである。
◆日本の出番ここにあり
地球の約3分の1を占める太平洋。中印の再興隆や東南アジア諸国の勢力伸長は、ここでも戦後長く続いた米国の一極支配を変えようとしつつある。
「小さい1歩だが、人類には大きな飛躍」をつい連想したのも、支援プロジェクトが多国間協力の一つのモデルになりうるのではと考えたからだ。しかも連携の仲介役を官でなく民(日本財団)が果たすのも、裾野を広げるように思える。そして突出した単独行動で域内外に不安を抱かせる中国が、多国間の結束をどう受け止めるかもある意味で挑戦である。
小型艇は宝の持ち腐れとならぬよう、2020年までの維持管理や燃料など運用経費を保証している。これも米豪がプロジェクトを評価し参加した点だという。
今後の課題の一つは人材育成である。操縦ぶりに専門家らは「技術はまだまだ」と言っていた。
これこそ日本の出番。きめ細かく忍耐強い技術指導は現地でも好評で、米豪にはない強みである。海上保安庁に余力がなければ、OBの出番があってよい。歓迎されること間違いなしだと思う。
(ちの けいこ)