「アフガン撤退」の地政学。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 










【湯浅博の世界読解】英国、ソ連、そして米国





米国はいま、2014年までにアフガニスタンから撤退を完了するため、撤退ルートとその方法に頭を悩ませている。戦国時代の合戦でも、近現代の戦争でも、おおむね撤退時に多数の犠牲者を出すからだ。

 歴史的に見ても、英国による第1次アフガン戦争では、その多くが1842年の撤退中に戦死した。ソ連によるアフガン戦争でも、撤退する1989年の1カ月半で60人を失った。

 今回は、米国を含めた北大西洋条約機構(NATO)の駐留規模がとてつもなく大きい。兵員13万人、戦車など7万両、コンテナ12万個をどのように引き揚げるか。これが成功しないと、「アジア回帰」を目指す米国の外交戦略がうまく運ばない。対中国抑止に米軍のシフトが欠かせない以上、日本もアフガン撤退に無関心ではいられない。

 現地の米軍はいま、イスラム原理主義勢力の「タリバンをいかに制圧するか」ではなく、「いかに安全に撤退するか」の方に関心が高い。引き続き訓練要員を駐留させるとしても、大半はアフガンを後にする。

 問題はどのルートを通るかだ。まずアフガンには海がない。西は米国の敵対国のイランであり、東はカラコルム山脈が行く手を阻む。南のパキスタンや北のタジキスタンかウズベキスタンに出る地上ルートは、砂状の山が幾重にも連なり、ゲリラ攻撃に対する防御が難しい。

タリバンの残存勢力は、パキスタン国境の山岳地帯で勢力を立て直し、農村部に強固な根を張っている。彼らは預言者ムハンマドが生きていた昔に引き戻し、現代に至る近代文明のすべてを否定する。

 仮に米軍の撤退部隊がパキスタン入りしても、パキスタン軍内にタリバンと同じ部族勢力があって危険が大きい。北はウズベクとの関係が悪化してハナバード基地が閉鎖に追い込まれた。タジクの北方キルギスで使用しているマナス空港の契約も値上げ問題でこじれた。

 その裏には、中央アジアで米軍基地の固定化を嫌うロシアと中国が、両国を焚(た)きつけているという。米国はそれを知りながら、ロシア国内の空港使用の交渉を行わざるを得なかった。ボルガ河畔のウリヤノフスク空港を使う計画を立て、米露はこの3月に合意した。ロシア専門家の河東哲夫氏によると、ロシアは強硬外交を展開していても、力関係を見極めて一気に妥協するリアリズムがあるという。プーチン大統領はNATOを「冷戦の遺物」と決めつけても、「時々は安定勢力である」と認める。

 ロシアにとってもイスラム原理主義の浸透は「南方からの脅威」であり、不安定材料になるからだ。仲の良くない米露両国だが、妙に利害が一致する。プーチン大統領は立場が有利なときに米国に恩を売り、やがて決定的な局面で米国の譲歩を引き出す算段であろう。

プーチン大統領は先にワシントン郊外で開催された主要国首脳会議(G8)を欠席した。これに対してオバマ大統領が、9月にロシア極東で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を欠席する。

 米露が冷戦時代さながらの国際会議ボイコット合戦を演じても、決定的な仲違いにならないのは、持ちつ持たれつの歪(ゆが)んだ背景があるからだ。米露は21世紀のいまも、“グレート・ゲーム”を展開している。

                                (東京特派員)