1995年1月、リヤドに2週間ほど滞在した。イスラムの戒律厳しいサウジアラビアで、成人以降、最も長い禁酒期間だった。
サッカーのインターコンチネンタル選手権。日本代表を率いて初陣となる加茂周監督は好きなボクシングに例えて「足を止めて打ち合いたい」と勇躍乗り込んだのだが、ナイジェリア、アルゼンチンの強豪を相手に完敗し、「サンドバッグにされてしもた」と試合後の通路でぼやくはめになった。
代表チームの惨敗は、同行記者にもつらい。飲みたくても飲めず、こんな夜はどうして過ごすのか、地元の人に聞いてみた。
「酒好きな人も結構多いんです。金持ちは飛行機で隣国に飲みに行くし、四輪駆動車を飛ばして国境を越える人もいる。帰りは酔っ払い運転ですね」
これほど飲酒に厳しい国で、酒気帯び運転にはどんな重罰が待っているのか。
「国内には酒が存在しないことが前提なので、酒酔い運転の罰則はないのです」
◆八百長相撲
角界を揺るがした八百長問題も、どこか似ていた。
相撲の八百長を取り締まる法令はない。合法的な賭け事の対象になっていないためだ。競馬、競輪などは競技を管轄する法律で八百長行為を禁じ、懲役、罰金などの罰則を科している。
加えて相撲協会にも八百長を禁じる規則はない。「八百長は存在しない」との前提による。サウジの酒酔い運転と同じ思考だ。
八百長問題が発覚したころ、居酒屋で力士出身の大将に感想を聞いてみた。
「知っていたよ。上から下までいろいろあったさ。それも含めての伝統であり文化だろう。何の法に触れたというのか。みんな分かって楽しんでいたんじゃないか。この一番は勝たしてやりたいとの人情相撲も否定するのか」
その後に見聞きすることになる八百長擁護論の大半を、一夜に浴びせられたようだった。
だが、いわゆる人情相撲が人情噺(ばなし)として成立するのは、その他の取組が真剣勝負であるとの前提による。星の貸し借りや金銭による授受が常態化しているなかでは、浪花節にもなりようがない。
法に触れようが触れまいが、八百長も酒酔い運転もいけない。
◆巨人軍
朝日新聞は、巨人が球界で申し合わせた新人契約金の最高標準額(1億5千万円)を大きく超える契約を多数の選手と結んでいたと報じた。巨人は、「最高標準額は上限ではなく、緩やかな目安だった」として「球界のルールに反していない」と反論した。
緩やかな目安は、いわば紳士協定のようなもの。だが、大正力の遺訓「常に紳士たれ」の巨人軍が紳士協定をないがしろにするのは、胸を張れる主張だったのか。
加えて巨人は、野間口貴彦投手が入団前の社会人在籍時に、総額200万円の金銭を渡していたことを認めた。同時期に明大在学中の一場靖弘投手(現ヤクルト)に金銭を渡していたことが発覚し、当時の渡辺恒雄オーナーら球団トップが引責辞任している。
巨人は「(野間口選手は)社会人で、金品を受け取ることが禁じられている学生とは違うため、公表しなかった」と説明した。だが、直接の罰則規定がなくても、プロがアマに金品を渡すことが容認されていたわけではない。
一方で、朝日新聞のキャンペーンと同時期に出版された巨人の前代表、清武英利氏の著書「巨魁」(ワック)には、こうある。
《私は渡辺オーナー時代の不祥事を、一部だが知る立場にある。だから会見をするというと、巨人の幹部が「これは裏金問題か、タンパリングか」と大騒ぎする事態になっていたのだ》
清武氏は、巨人に「コンプライアンスに大きく反する行為がある」と反旗を翻して自らの正当性を主張した。それなら、「知る立場」にあった不正についても堂々と語るべきだろう。不都合な事実に口を閉ざしたままでは、「コンプライアンス」が泣く。
◆小沢元代表公判
政治資金規正法違反の罪で強制起訴された民主党の小沢一郎元代表の判決公判が26日、東京地裁で開かれる。
小沢氏は公判で「すべて秘書任せ」「記憶にない」を連発し、自らの関与を否定してきた。「収支報告書など見たこともない」と言い放ち、規正法の趣旨については「正確に理解しているわけではない」とまで述べた。
法の下の黒白は、裁判所が判断する。だが、政治家としての信用性には、すでに答えが出ているのではないか。
法に触れなければいい、というわけではない。(べっぷ いくろう)