【日本人の新しい“心” 震災を越えて】
情報開示で被災地支える
「私は気にしないで食べます。がんばってトマトを作ってください」
トマトやパプリカの栽培や加工・販売を行っている「とまとランドいわき」(福島県いわき市)の元木寛さん(35)は、東日本大震災後の昨年4月中旬、東京都内の小学生の女の子から電話をもらった。
激励メール・手紙
この頃は東京電力福島第1原発事故の影響で、野菜や魚、水道水から基準を超える放射性物質が検出され、出荷自粛や出荷停止(出荷制限)が相次いでいた。
同社は昨年3月下旬、民間の検査機関に依頼し安全を確認していたが、それまでの取引先からは出荷を断られていた。収穫したトマトは廃棄せざるをえず、震災による人手不足で収穫が遅れたものも含めると、16トンのトマトを廃棄した。
この様子がテレビで放映された。元木さんは「テレビを見て女の子のお母さんがネットで注文をしてくれたのですが、女の子がどうしても話をしたいと言って電話をかけてくれた。大変な時期だっただけにものすごく印象に残っている」。
同様の激励のメールや手紙は4千通に上り、震災前よりネットによる注文は増えた。当然、「注文したいが、放射性物質は大丈夫か」という問い合わせもあった。しかし、検査で安全を確認していることを伝えると、ほとんどの人が買ってくれた。とはいえ、いまだに取引を再開してくれない業者もあり、「風評被害がなくなったわけではないことを知ってほしい」と元木さんは訴える。
スーパーや生協の中にも早い段階から放射性物質の検査結果を公表することで、被災地の野菜や肉、米などをこれまで通り販売する動きもみられた。
確実に変化
「野菜から高濃度のダイオキシンが検出された」との所沢ダイオキシン報道(平成11年)では埼玉・所沢産ホウレンソウを中心に埼玉県産野菜の全てが、茨城県の東海村JCO臨界事故(同年)のときは東海村・那珂町(現那珂市)産の干しイモをはじめとする茨城県産農産物が、BSE(牛海綿状脳症)問題のときは検査済みの牛が、それぞれいっせいに市場で取引拒否された。
これらの際は、行政が検査結果を示しても人々はなかなか信じず、時間の経過で忘れられるまで解消されなかった。
しかし、今回は消費者団体や科学者なども放射性物質を測定し、示していくようになった。生産者や流通業者も、従来の「情報を出さずなんとなく人々が忘れるのを待つ」という方向性から、情報を開示するようになってきた。
東京電力福島第1原発事故で、消費者の食の安全に対する考えは確実に変わってきている。(平沢裕子)
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「判断は消費者任せ」は評価できる
□東洋大学社会学部、関谷直也准教授(社会心理学)
「風評被害となっている農作物を個人が買い支えようという動きはこれまでもあったが、売る側が『放射性物質の数値』という科学的事実を示すことで商品を合理的に流通させようとしたのは今回が初めてではないか。これまではより安心を求める側に立っていた流通側だが、多様な消費者の意識をくみ取り、消費者の判断にまかせようという余地が生まれてきた点は評価できるのではないか」
「東日本大震災後、インターネットでの注文が増えた」と話す、とまとランドいわきの元木寛さん
=福島県いわき市