【東日本大震災】海中の視界50センチ
東日本大震災の行方不明者約1万6千人。その多くが津波で海に流されたとみられている。震災直後から「海猿」で知られる海上保安庁の「特殊救難隊」が捜索しているが、これまでに海から収容された遺体は73体しかない。土砂で視界50センチの手探りの捜索、海上を埋め尽くす膨大ながれき、遺体が浮かびにくいリアス式海岸。多くの悪条件が潜水士の前に立ちはだかっている。(桜井紀雄)
■「家族のもとに」
「生きて救助できることを願うが、亡くなっていたとしても一人でも多く、ご家族のもとにお戻ししたい」。東北を管轄する第2管区海上保安本部(2管)の井上彰朗・総務課企画係長(34)はこう語る。
海保は震災発生と同時に全国の管区の船艇、航空機を結集。15~16日には、福島県相馬市の港で座礁中の船からそれぞれ船員23人を救助するなど、救助活動に集中してきた。
約2週間で救助したのは、一つの管区の年間救助者数に匹敵する324人。海保幹部は「できることを最大限やっているが、被害の母数から見ると極端に少ないかもしれない」と話す。
視界50センチの闇
「地上での捜索の経過を考えると、行方不明者の半数が海に流されたのではないか」。警察関係者は推測する。
海保では生存者の発見が減るのに伴い、水や食糧の輸送支援とともに海中の遺体の捜索に全力をあげている。
海保は全国から高い潜水技術を誇る「特殊救難隊」を含む数十人の潜水士を投入している。家族からの行方不明情報をもとに港湾内の捜索を続けているが、未発見に終わるケースも多く、1日1~2人の発見にとどまっている。
海での捜索を困難にしているのは、潜水士にとって最悪ともいえる海中の状況だ。
一條正浩・海上保安報道官は「津波で流出した土砂で海水が濁り、視界50センチでの捜索活動になっている。一つ一つ手で触れて確認するしかない」と説明する。
ゼロに近い視界に加え、港湾内には押し流された大量のがれきがびっしりと海面を埋め尽くしている。
ダイバーの民間団体が捜索の協力を申し出が、あまりの危険性の高さに海保は断った。
深い水深の海
海保は「津波が襲ったのがリアス式海岸だったことも影響している」とみている。水深が深いリアス式海岸ではいったん深く沈んだ遺体が再び浮き上がるまでに時間がかかる。
津波の引き波で海に大量に押し流された土砂の下敷きになったままのケースも想定されている。さらに、いまだ冷たいままの東北の海。一般に海水温が高い方が浮上する割合が高いとされる。
現在、主な捜索海域は港湾内だが、沖合に流れ出た遺体も多いとみられている。