エディルとグレイスがガルと遊んでいる最中、ジルは、ちょっと電話をしてくると言って部屋を出た。寮の外は、既に暗闇に包まれていた。歩く度にジルの足音だけが鳴り響く。月灯りや街灯は、あるものの遠くて前に進むのに一苦労しながらやっとの事で校舎にたどり着いた。
ジルは、そのままある部屋へと向かう。
そこは、ウェリスがいる生徒会室だった。ジルがドアをノックすると中からウェリスの返事が聞こえてきたので、ドアを開け中へ入った。
「すみません、ちょっと電話を借りたいんだけど—」
「電話でしたら、生徒用の公衆電話が三階の廊下のラウンジにあります。」
わかりましたとジルは、一言ついてドアに手を掛けて動きを止め、もう一度ウェリスの方へと向き直す。
「それともう一つ—」
苦笑しながら話すジルにウェリスは、首を傾げる。
「灯りを貸して頂けますか?慌てて出て来たもので忘れてしまって—」
ウェリスは、笑顔で応えた。
「それでしたらこの子を連れて行ってください。」
ウェリスが出して来たのは、海の魔物のジェリーフィッシュだった。
器をひっくり返したかのようなその姿からは、以外なほどの光が放たれていた。
「ジェリーフィッシュ?!」
「以前、課外授業で浜辺を散策中に打ち上げられて衰弱していたところを発見して保護したんです。今は、もう人になついてしまって海へ返す事ができません。」
海の魔物が人になつく事は、ほとんどない。このジェリーフィッシュは、助けてもらったウェリスに恩返しをしようとしているのだろう。自分が放つ光でウェリスの周りを明るく灯そうと—。
ジルは、お礼を言うとジェリーフィッシュの案内で公衆電話へと向かった。
暗闇の中をジェリーフィッシュの灯りが明るく灯す。
階段を上り二階を通り過ぎて三階へ上がる。
廊下は、窓があるお陰か、月灯りが優しく廊下を照らしていた。
ジェリーフィッシュは、ふわふわと宙を上下に漂いながら前に進んで行く。
ふと、ある程度進んだところでジェリーフィッシュは、直角に左の角を曲がった。
ジルも後を追い、曲がる。
その先に、光で照らされた公衆電話があった。ジルは、すぐに慣れた手つきでボタンを押し、受話器を耳に翳す。
コール音が鳴る。
しばらくして、男性の声が受話器から聞こえた。
「あ—、すみません。ジル・コーグリングです。連絡が遅くなり申し訳ありません。」
電話の相手は、薔薇の十字架学園(ローズクロスガーデン)の学園長、ミゲルだった。
「構わないよ。それで?今は、どうしてる?」
ミゲルは、優しく問い質す。
「アルスの街にて、アメジストのクロスの守護者と会い今は、アルス政府基幹部からの依頼でヴァンフォーレ学園の生徒が行方不明になったと聞き、生徒の行方を探しています。クロスに関わりがある事件かと思ったんですが—その可能性は、低いかと思われます。」
ミゲルは、小さく「そうか—」とだけ呟く。
沈黙が暫く続いた後、ミゲルが口を開く。
「とりあえず、このまま続けてくれ。何か分かり次第連絡を—」
「はい」
「それと—」
ミゲルは、暫く考えた。そして、あの名前を口ずさむ。
「ジル講師、もしかするとこのクロスの件は、ブラックガーデンが関わっているかもしれない。」
「ブラックガーデン?学園長が以前言われていた—」
「ブラックガーデンは、闇の巨大組織だ」
電話の向こうで空気が針を刺すような冷たさに変わるのがわかった。
ミゲルの瞳が鋭くなる。
先ほどまで月灯りが照らしていた空は、雨雲が指し、やがて雷が鳴り響きだし、大粒の雨が降りだした。
「正直に言う。ジル講師、この件は、すでに戦争の始まりだ。ブラックガーデンとローズクロスガーデンとの—。我々だけでは、無い。これから、君たちに関わっていく人間全て!」
その言葉にジルの動きが止まる。
「戦争って—。一体どういう事ですか?!クロスの力だけが目的の筈!」
「表向きは、それだけだ。だが、彼らの本当の目的は、クロスの力を使っての世界の侵略、世界を—ブラックガーデンの、自分達のモノにしようとしている。」
「そんな—!」
「今は、何も無いと言うことは、まだ盗んだ者がブラックガーデンには、たどり着いて無いと言うことだ。もし、クロスがブラックガーデンの手に渡れば、何が始まりか私にも予測できない。」
ジルの周りの空気が張りつめる。
「学園長、それでは—?」
「いつでも対応できるように準備をしておいてくれ。」
「分かりました。」
話は、理解できた。この旅が戦いの旅だと最初に聞いていたから。
ジルが電話を切ろうとした時、「まだ話は、ある」と聞こえてきた。
再び受話器を耳に翳す。
「君に預けた、生徒四人の内の一人、"ラファリー・レイランス"。彼女は、いずれ【五つのクロスの守護者】になる人物だ。」
ジルの動きが再び止まる。
「何故、学園長がそれをご存知なのですか?」
「彼女の一族は、元々五つのクロスを守護していた。それがある日、我々ガーデンがその力を守護することになった。君も知っているだろう?彼女の両親は、守護者であるが為に殺害された事。ラファリー・レイランスは、産まれて間もなかった。すぐ、事情を知る人物の元で育てられる事になった。そして、成長した彼女は、両親と同じく召喚師・魔術師になるべく我々のガーデンへと入学して来た。それを促したのは、私だ—。彼女の力がなければ、私だけでは、守護できていなかった。彼女の方は、無意識にクロスを守護していたようだが—」
「無意識と言いますと、彼女自身は、まだ守護者としての力に目覚めていないと言うことですか?気づいていないと?」
「その通りだ。だが、もう何時目覚めてもおかしくない。ジル講師、ラファリー・レイランスを奴らに殺させては、いけない。五つのクロスの力を操れるのは、彼女だけだ。絶対に守ってほしい!」
「分かりました。」
ジルのその言葉にミゲルは、息を吐く。
「本当の事が話せて良かった。たくさん話してすまない。混乱していると思うがよろしく頼む。」
そう言ってミゲルは、電話を切った。
ミゲルが言った通りジルは、混乱していた。戦争の始まりの事。そして、何よりもラファリー・レイランスが守護者の血筋である事。
知らなければ良かったとも思った。でも、知ってしまった以上知らないふりなどできない。講師である限り生徒の安全を守らなければ—。
ジルは、ジェリーフィッシュを返した後、エディル達がいる寮へと帰って行った。その道中もずっと考える。手を握りしめる。それで気持ちが落ち着くならと。
部屋に入ると四人は、すでに寝息を 立てていた。遊んでもらっていたガルもエディルの顔の横で無防備にも召喚獣らしからぬ、仰向けの状態で寝ている。サンディとラファリーは、仲良く添い寝していた。そんな様子を見ていれば彼らが大きな戦争に巻き込まれている事など考えられなかった。召喚師として、魔術師・守護者として。クロスの戦争に—。
胸が締め付けられる思いだった。
ジルは、雨で濡れた服を着替えた後、静かに部屋の電気を消し、空いているソファーに横になり目を閉じた。
そして、暫くしてジルは、静かに寝息を立てた—。





【Next.】

「薔薇の十字架学園(ローズクロスガーデン)の事は、お聞きしました。我々ヴァンフォーレ学園(ガーデン)もご協力致します。その前に、アルス政府基幹部からお聞きしたようにガーデンの生徒の1人が行方不明となってしまいました。」
ジュリアは、眉を寄せ話をする。
生徒が消える直前の光りは、魔術によるものなのか—。それとも、盗まれたクロスが関係しているのか—。
どちらにせよ、原因を探さなければ生徒を見つける事も助ける事もできない。
「皆さんの力をどうかお貸しください。」
ジュリアの言葉に全員が頷く。
ウェリスは、その後エディル達を生徒が消えたとされる場所へと案内をした。その場所は、渡り廊下の直ぐ近くだった。辺りを見回したが怪しいものは、何も見当たらない。ただ、レンガ造りの石畳が続くだけだった。
ジルは、消えた場所に座り込みレンガを見る。
「——?」
ふと何かに気付き指先をレンガに触れる。
少し湿っていた。
この日の天気は、快晴で雨など降っていない。ましてや、地面が
濡れるほどの湿度もなかった。
(どうして濡れてるんだ?)
ジルは、もう一度辺りを見回す。
水に関係する物は、一切無い。植物からの水分とは、考えにくかった。疑問を残したまま次の場所へと移動した。
そこは、消えた生徒がよく利用していた図書室だった。
本を読む事が好きだったと他の生徒から聞き、何か手掛かりが無いか探したがここには、何も無かった。やはり、先ほどの湿った地面が怪しく思えてくる。
ジルは、エディルに先ほどの事を伝えて二人だけであの場所に戻ってみた。
地面にもう一度触れてみる。やはり湿っていた。時間が絶ち渇き掛けている。考え込んでいる二人の後ろをヴァンフォーレ学園の生徒が1人通りかかる。
ジルは、すかさず声を掛けて地面が湿っている事に何か理由を知らないか聞いてみた。生徒は、しばらく考え込んだ後何か思い出したように話した。
「そう言えば、あの日の夕方頃だったと思うんですけど、氷の粒が落ちていたんですよ。誰かがジュースを溢した後かなと思って気には、しなかったんですけど——。」
「氷?」
生徒は、頷いた。
「それは、いつぐらいまでですか?」
「確か、行方不明者が出た2日後までだったかと—」
普通の人工的に作られた氷なら半日で溶けて無くなってしまう。しかし、魔術による氷なら—。
ジルは、立ち上がり他に手掛かりが無いか探ってみた。窓に目をやる。
何の変てつの無い窓。
何かが気になる。だが、その゛何か゛がわからない。一体何が気になるというのか?
思考していたジルは、エディルの呼ぶ声で我に返る。
気が付くと辺りは、薄暗くなっていた。今日のところは、ここまでにしておこう。ジルは、エディルと共にサンディ達の元に戻った。
学食で夕食を済ませ、一つの部屋で集まり、夕方に聞いた氷の事をサンディ達に話した。それを聞いたランが魔術なら可能だと頷く。
実際に掌に魔術で氷の玉を造り、見せた。全く溶けない。20分経っても滴一つ落ちなかった。やはり、魔術だ。
そう確信した時だった。ウェリスが部屋へと入って来た。
「今夜泊まって頂くお部屋へご案内致します。」
校舎裏にあるヴァンフォーレ学園の寮に案内された。
使っていない部屋があるからと、ウェリスと他の生徒が急いで掃除をしてくれたらしい。
「何かあれば生徒会室に20時まで居ますので—気軽るにお越しください。」
ジル達がお礼を言うとウェリスは、足早に去って行った。まだ、副生徒会長としての仕事が残っているのだろう。
5人は、綺麗に掃除された部屋に入り腰を下ろした。
エディルが大げさにベッドにダイブする。
「あぁ—、マジ疲れた。」
「大きな街を2つ通り越してのヴァンフォーレ学園(ガーデン)だったからね—」
ジルが苦笑混じりに言う。
「たったの2つなのに何であんなに乗り換えが多いんだよ—」
エディルは、枕に顔を埋め小さくうめき声を上げる。
アルスの街から列車、バス、地下鉄—。そして、また列車とこれらを乗り換えて、最終的には、徒歩でのヴァンフォーレ学園だった。
エディルは、そのまま眠りにつこうとした時だった—、ガルがまだ寝かせるものかとエディルの頭を鼻先でつついたり、髪を引っ張ったり。挙げ句の果てには、頭に乗り、踏みつける仕草をする。
「やめろよ—ガルぅ。俺は、疲れてるんだ・・・」
「—アギャァ!」
それを見ていた、ジルとグレイスが笑う。
「エディル?ちゃんと主を務めないともっとヒドイ悪戯されるぞ?な、ガル。」
ガルがグレイスを見上げる。
エディルは、埋めていた顔を軽く上げて見た。ガルが覗き込んでいる。そのまま、エディルの顔の下に潜り込み、仰向けになった。
「あぁ—もう!わかったよ!遊べばいいんだろ?!遊べばっ!」
勢いよく飛び起きガルの小さなお腹をこれでもかとくすぐった。ガルは、嬉しそうに手足や翼をばたつかせた。
「良かったな、ガル。今のうちにたっぷり遊んでもらうんだぞ—」
「アギャァ!」
「先輩も一緒に遊んでほしいってさ!」
「参ったな。」
グレイスは、苦笑しながらベッドに座りエディルと二人でガルが喜ぶ遊びをした。






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何時からかな?

あたしの時計は、針を刻むのを止めた。

まだ知らないあのひとを想うけど直ぐに忘れてしまう。

風が心地よくあたしの髪を揺らす。

箱庭には、捨てた筈の夢事が浮遊する。


風車は、廻る。


時計の針の代わりに刻を刻む。



あのひとは、どこだろう。

あたしは、影を探すけどどこにも無い。


冷たい雪が箱庭を白く染めていく。


風車は、廻る。


あのひとは、まだ帰らない。


此処で待ち続ける。


あのひとの馨りを風が運んで来てくれる迄。

風車は、静かに廻り続ける。

あたしは、目を閉じた。



あのひとの馨りが帰って来るまで。。。