表現を探ることはなぜ必要か?

演者に限らず、
様々な仕事は要望があってこそ成り立つ仕事になります。

その場合、
求められることに応えることが
最低限の仕事ですな。

しかし、これを続けながら、
自分の表現を持ち続け、進化させることは、
その仕事への意識で変わります。
ともあれ、
往々にして求められることに応え続けたら、
何が自分の表現か分からなくなることがあります。
それは、こうした仕事のジレンマでしょう。

求められることに慣れると
自身で考え、発見し、組み立てることを怠ります。
演出家、振り付け家、上司なしでは
存在出来ない役割になっているのでは?
と、感じ始めています。

演者は今、受け身になりつつあります。
しかし、演者は受け手でありつつ、
能動的でなければいけません。
言われた通りに動けるのは、
当たり前になりつつあると感じます。
もちろん、それも技術の1つとして大切ですが、
与えられたなかでも、自分自身で考え、提案することが大切です。

このワークショップでは、参加者が自分自身で考える意識を育てます。

その人自身の思考、環境を踏まえた広がりのあるアイデアがあちこちにあります。

是非、覗いてみてください。
http://www.zeronetwork.info/

あきお

iPhoneからの投稿

僕が通ったブリュッセルの学校には
アクロバットの授業がありました。

講師のウォングは
それはそれはスパルタ教育を施す人で、
授業開始5分で窓には結露ができ、
15分も経てばみんなが床に這いつくばることもありましたね。

でも、そんな彼が言っていた言葉は
いまでも深く心に残っています。
「お前たちは、
ここを出たらプロフェッショナルになるだろう。でも、
プロフェッショナルな仕事とは?
最低限要求されたことを出来なければならない。
要求されてから準備するのでは
遅い。チャンスは待ってくれないからだ。
では、いつ準備するんだ?

今だ!」

さ、準備を始めましょう!

http://zeronetwork.info/

あきお

iPhoneからの投稿
前回書こうとしたけれど、

すっかり忘れていたよ。

僕は演技も教えていたりする関係で、

良く「演技を勉強するにはどこに行けば良いですか?」

と、聞かれることが間々ある。

「演技は学ぶものではない」などと言われるけれど、

真意は分からないが、

そんなことを言っているのは、日本だけな気がするさ。

僕は

「プロフェッショナルの演技は学ぶことは出来ないと思うけど、

演技の基礎は勉強するべきだ」

と思うし、そう伝えますのさ。

これは、プロフェッショナルの演技は

その人なりの形だから、

そこはその人なりの感性や、やり方が既にあるでしょう。

一方、基礎はその人自身を耕す作業です。

大きく育てようと思えば、耕さなければ、種は蒔けない。



稀に耕してなくても芽が出ることはあるでしょう。

ただ、稀です。

耕して、種が蒔かれ、水をやり、日に当てて、育てる。

そして、摘み取られ、人前に出ます。

大事なのは、なんでも育つ土壌を耕すこと。

もしかしたら、トマトしか育たないかもしれないし、

ネギがスクスク育つかもしれませんな。

そんな‘土いじり’を僕は大切な作業だと思うのです。

そして、告知(笑)。


http://zeronetwork.info/




iPhoneからの投稿