どうも
3周忌となりました。
あの頃と気持ちは変わってないから
当時のまま書く。
通夜が終わり葬式も終わった。
雨が降ってくれて良かったと心から思う。
この雨で彼が浄化しますようにと願った。
両親もいない
兄弟もいない
祖父に育てられた彼は祖父より先に逝ってしまった。
遺書も残して11階からの飛び降り。
飛び降りる前に何を思ったのかな。
生きることに疲れたのかな。
狭くて窮屈なこの国で、幸せを見つけることなんて難しいと思う。
でも、他に方法は無かったのかな。
亡くなるちょっと前にメールでやりとりをしてた。
俺が誕生日のこともあって。
そのほんの数日後に彼は死を選んだ。
遺体の損傷が激しくて
顔が腫れ上がり、肌は味噌を塗ったような修復を施していた。
恐らく、葬儀屋さんが骨の修復をセラミックか粘土で作って
その上から味噌のような土のようなものでコーティングしたのだろう。
はっきり言ってまともに見れなかった。
言葉が無くて。
人がこの世に生まれてくるということは既に愛を経験していると思う。
生殖行為そのものが深い愛の行為だと思うから。
でも、往々にして妊娠がたんなる性愛の結果であったり
愛に根ざさない気まぐれな行為の結果であったりすることは悲しいことでもある。
しかし、そのような子供でも生まれてくるということは
母親が新しい生命の誕生に九ヶ月も身体を気遣い
不便を忍んできた賜物。
これは確実に愛の行為だと思う。
例えば、他人は自分を分かってくれない
自分の本当の姿を理解してくれない等と悩むことは誰にでもあると思う。
自分の本当の姿を曝け出せるのは、ほんの数少ない人に対してだけだから。
花が夜になるとその花びらを閉じ
昼間の暖かい太陽の光の中で開くように
人間も敵の前では亀のように頭と手足を縮めて防衛態勢をとり
自分を愛してくれる人に対しては心を開くのだと思う。
人間の性格というものは多分、毎日の習慣によって形づくられるものなのかな。
ラテン語の古いことわざに
「もってないものは、与えようがない」
というのがある。
人間は文字通り何も持たず裸で生まれてくる。
その人が金貸しになる為には、まず金をもうけなければならない。
愛もそれに似ている。
人は生まれたとき、心の中にどんな愛も持っていない白紙の状態。
外から心のなかに愛が注がれないかぎり
その人は一生人を愛することは難しいと思う。
思うに
人間は愛する前にまず愛さなければならない。
そして深く愛された人ほど深く人を愛せるのではないだろうか。
人間が人間らしく生きる為に
愛されることがこんなにも不可欠であるにも関わらず
その愛されることが、自分の意思ではどうにもならないということ。
自分が愛されるか否かは、他人の意思にかかっている。
愛は、力や金や策略で買えるものではない。
愛とは無償で与えられるか、全く与えられないかのどちらか。
祖父からたくさん愛情注がれて生きてきたのに
祖父より先に逝くなんて頭悪いだろ。
一人残された爺さんどうすんだよ。
何を糧に生きていけば良いんだよ。
何を見て笑えば良いんだよ。
教えてくれ。
テメー一人死ぬのは勝手。
残された人の事を考えろ。
丁寧に遺書まで残しやがって。
歌舞伎町で生まれ
歌舞伎町で育ち
歌舞伎町で散る
満足してる?
これがお前の望んだ結果?
そこからどんなものが見えるの。
教えてくれ。
悲しみよりも悔しいよ。
もっと相談に乗ってあげれば良かったかな?
だとしたら、死なずに済んだかな。
もしそうなら、俺は罪だよね。
許してくれ。
今年も兄弟分連れて会いに行くよ。
俺も今年から新宿に戻って来たんだ。
相変わらず汚ねえ街だし
クソみたいな人間ばかりで嫌になるけど
でも、だからこそ綺麗な美しいものが本当に素敵に感じられる。
会えるの楽しみにしてるよ。
ありがとう
Rest in Peace & Fly Away
合掌