五体不満足の乙武さんのスキャンダルについて、「障害者のイメージが悪くなる」という意見をさきほどネットでちらっと見た。

 

 女性差別もそうだが、障害者差別も、あきらかに左翼系の反日な人たちによって利用されている。

 

「平和」という言葉を、「安保法案のない、日本が防衛力を持たない」と明らかに違った意味に使って、論理的に説得しようとしても全く耳を貸さないのと同じように、「差別」という言葉を、弱い立場の人たちには問答無用でしたがうべきといった、ゴリ押しの手段に変えられている。そして、その「弱い立場を代表」するのは、共産党系の方とかである。

 

 そもそも差別というのは「合理的な理由のない区別」をいう。

 

 「障害者だからかわいそう」と言って、障害者のあきらかなわがままを許し、甘やかすことは、全く、「差別をしないこと」でもなんでもない。単に障害者だからといって、金銭を与えたり、不要な特権をあたえるような政策は、この類である。

 

「障害を持っている」というのは、その人の一部の特質であり、それとは関係なく、健常者と同様に評価するのが平等である。差別をしないとはそのことである。

 

乙武さんは、飲食店で車いすでの来店が困難だからという理由で断られたのを「差別」だという。

 その店はエレベーターが狭く、車いすが入らないという、狭い日本ではよくあるタイプの店だったという。

車いすの人は平等に入っていけないのだから、これは合理的な理由のある区別といってよい。

 乙武さんはこれに対して、店の人が車いすごと階段で持ちあげてくれればいい。なんて言ったという。

 

 いやいや。

 

以前障害者施設で車いすを押したことあるけど、押すだけでもけっこう重労働である。

 

それを、手足がないとはいえ、成人男性の体重と車いすの重量(丈夫に作るからけっこう重い)を狭苦しい急な階段で持ちあげろと?

 

シュワルツネッガーばりのムキムキ男性二人ぐらいは最低いるだろう。急な階段の下をささえるから3人くらいはいるかもしれない。

 

飲食店の繁忙期にそんな人員を割く余裕はない。

 

これぞ、わがままというもの。

 

車いすでもできることを探そう、外食しようというのは、もちろんいいことだ。

 

でもそれは、障害者だからなんでも許されるということではない。

 

自民党など、様々な政党が乙武さんに政界へのオファーをしていたということだが、「広告塔」をつくって、その人だけが「障害者」を代表しているかのように思わせるのもよくある手だ。

 

障害者もいろいろな人がいる。「障害」と関係なく社会参加し、「健常者」と同じように、好かれたり、嫌われたりするのが、健全な社会ではないかと思う。

 

「健常者」と同じように扱われて、よかったね、乙武さん。

 

さて、話は変わるが、障害者の方には、S価のお誘いが多いとのこと。

 

ここはどうやら、在日の方に生活保護をとらせて、その上がりを寄付させるといったことをしているらしいが、障害者の方やその家族に障害者手当や生活保護をとらせて、同様なことをしているらしい。

 

S価は、北朝鮮とのつながりが噂されているが、つまりアカっぽい方とのつながりがあるらしい。

 

 まさに、「身障者」をくいものにしているといえよう。

 

参考)

http://www.xn--n8jvce0l6c.com/entry/2014/04/12/%E5%8B%98%E5%BC%81%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8

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http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/handicap/1303701045/