世界史をまなぶと、世界には実にたくさんの王、皇帝がいたことが分かる。

 

 しかし、それらの王や皇帝と比べて天皇が特別と感じるのは、万世一系といわれるほど長くつづいていること、そして、実質的な政治権力は長いこと持っていないことである。

 

 1192年の鎌倉幕府あたりから、天皇は、実質的政治権力を有する武家政権に征夷大将軍の称号をさずけ、幕府の権威付けをするだけの政治機関になった。実質的政治権力はなく、いわば飾りのような状態である。

 鎌倉幕府以降も、室町、江戸幕府など、「てっぺん」をとった武家政権に、征夷大将軍の称号をさずけて、民衆に対し、幕府の権威付けをした。そして、ずっと実質的政治権力とは無縁のままであった。幕府に小遣いをせびったり、天皇の周囲の貴族を削減されたりと、正直、お気の毒な感じがするほどである。(これは江戸時代について聞いた話だが)

 

 これに対して、明治維新という天皇を持ちだした「革命」がおこった明治天皇、その子孫の大正、昭和天皇は、太平洋戦争終結までは実質的政治権力を持っていたのではないかと反論もあろう。

 しかし、「担ぎ出された」とはいえ、いままでずっと政治的権力がなかったのだ。

 

ピカピカの軍服をきせられて、敬礼を受けても、その手の権力を実際に把握しているとはいえない。

 明治新政府で要職を占めた薩長の「志士」たちが、実質的政治権力を持っていたと見て間違いはないだろう。

 それに、天皇はこの時まで京都御所にいらしたのを、明治維新とともに東京に名前を改めた江戸へ移転している。

 「移転」させたのは、明治新政府が、天皇の権威付けを様々に利用しようとしていたため、首都におく方が便利がいいからだろう。

 移転させられる絶対的権力者なんて聞いたこともない。天皇には、やはり、実質的政治権力は与えられないままとみていいだろう。

 

 上で、1192年の鎌倉幕府以来、と書いたが、貴族に実質的権力がうつった平安時代の途中からと考えると、藤原家が権力を持ち始めた887年くらいからというのが正確かもしれない。そうすると、ゆうに1000年以上、政治的権力とはご無沙汰ということだ・・・。

 

 明治時代についていえば、はじめは薩長、自由民権運動によって、帝国議会ができてからは、帝国議会と議院内閣制の政府に移ったと見ていい。

 

 もっとも、明治憲法によると、(いままでの天皇家の歴史からしてものすごい)「権力」をもっていることになっていたが、天皇自身も「立憲君主制」を理解し、「翼賛」していた内閣のいうがままだったと思われる。とりわけ、大正天皇は、能力的に「政治権限」を持つことが困難だったと思われる。

 

 例外的に昭和天皇は一度だけ、「権限行使」にトライしたことがある。こういった天皇家の歴史をみると、まさに清水の舞台から飛び降りるような、一世一代の賭けだったことがわかる。

 

 それは、太平洋戦争の「終戦」である。

 

 最近反対した軍部にクーデタがあり、たいへんだったというようなドラマがあったが、この聖断によって日本人の命が救われたのだから、本当に優れたリーダーを天皇陛下に持つことができて、日本は本当に幸せだったと思う。

 

 そして、終戦後は今までどおり、権威づけだけの機関に戻られた。

 

君主制というのは、国民に国家としての統一感、安心感をもたらしてくれるし、結婚などの喜びごとや他の国家と付き合うときの「顔」になってもらえて、実にメリットが多い。

 他方で、君主の絶対的政治権力の悪用によって、多くの国で国民が苦しめられてきた。

 

 とすると、「政治権力」とは程遠い、天皇制は理想的な君主制度ではないかと思う。

 

 民主主義発祥の地ともいえるイギリスでも、国王(女王も含む)はもっと政治的権力を持っている。現在は昔ほどではないが、それでも天皇家よりは持っている。

 

 国王の権力乱用が、マグナ・カルタ、ピューリタン革命、男を女に、女を男に変える以外はなんでもできるとさえいわれる議会制度を生み出した。

 

 民主主義の発達のため、国王権力は著しく制限されていて、はっきりいって国王の座はあまりメリットがない。以前、国王の座をめぐって、王子ごとに各界の勢力が後ろ盾になり、激しい王位継承権争いが生じていたことに触れたが、制限されてしまった現在では、プライバシーがなく、三流ゴシップ紙に追いかけられ、演説などの仕事は山積みという最悪な「仕事」になってしまい、しかも、拒否権がない。

 離婚歴のある女性(シンプソン夫人)と結婚できないからと王位を放り出した王様が出たあたりから、なんか、ばばぬきのばばをつかまされるゲームみたいだ。

 現在のチャールズ皇太子がカミラ夫人との結婚をえらび、王位継承権を放棄したのも、この流れではないか。

 

 「飾り」の仕事を全うするために、生まれつきのどもりを直そうとしたイギリスの王様の話を映画でみたが、、、可哀そう。

 

 

 そして、権力というおいしいところもない、天皇や皇室の仕事は本当に大変なのだから、イギリスの三流マスコミの真似をして、皇室の方を悩ませるのはやめてほしいと思う。

 

 そして、こういったヨーロッパの王室よりはるかに絶対的権力を持っていたのが、中国歴代の皇帝、そしてその真似をしていた韓国(朝鮮)の皇帝である。

 

 「逆鱗に触れる」という言葉があるが、これは、政治的にも実質的にも最高の権力を握っていた中国皇帝(天子)の機嫌を損ねることをいい、龍のなんか感じやすいウロコに触ってしまった・・・ということからきている。龍は中国皇帝のシンボルだからだ。

 

 中国皇帝の権力は強大であり、後宮の奥さんや愛人、そして宦官とよばれた去勢されて後宮の世話をしている男たちによって利用されていた。

 

 なぜここで、こんな話をするかというと、「天皇制廃止」を訴えている人って、なんか、天皇制を「絶対的」だの「軍国主義のもと」だのいっていて、まさに、中国の皇帝と同視しているような気がするのです。

 

 ここ千年ほど、「政治権力」とはご無沙汰ですけど?

 

天皇になったところで、オイシイ事なにもありませんけど?

 

「天皇制廃止」を訴えている共産党の方って、中国や韓国や、同じくとんでもない専制君主だった「ツアーリ」の歴史を持つロシアの人が「観念」で言っていることを、真似していっているみたいですよね。共産党にはインテリがそろっているというのに、そういった方々のオウムにしかなれないんでしょうかね。

 

参考)

日本史年表

http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/nen1.htm

共産党の主張

http://jiyusoku.jp/archives/141

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1261372107