韓国に住む日本人の文章を引用する本の引用である。

 

「たとえば下宿に住んでいたころ、同室の学生が、「韓国ラーメン、ナンバーワン」とうるさくいうのに閉口した。(中略)それでどうして韓国ラーメンが世界一だとわかるのかと問えば、日本のラーメンは食べたことないが韓国ラーメンのほうがうまいに決まっている、なぜなら韓国ラーメンは世界一だからだ、と答える。(中略)この理屈が「韓国論理学」の面目躍如たるポイントは「なぜなら韓国ラーメンは世界一」という「なぜなら」の部分である。韓国人が「なぜなら」(ウエニヤハミヨン)という言葉を発すると、僕はひそかにぞくぞくしたものだ。すわ、「韓国論理学」のおでまし、というわけだからだ。「Aは最高である。なぜなら最高なものがAだから」このような言い方が韓国社会にはいかに多いことか」

 

 

  ↑こちらの本の引用である。

 

このように「 A なぜなら A 」と同じことを繰り返す論法をトートロジー(同義反復)という。

 

そして、論理としては、完全に破たんしている。論理学の初歩の初歩だ。

 

なぜならというのは、理由を示すものだから、少なくとも、元の原文と同じ意味のものは使えない。

 

 ところが韓国社会では、こういった論法が好まれているという。

 

「こういった同義反復論法は常に真だが、何も語らない。しかし何も語らないが故に論理的であり力にもなる」と本の引用は続く。

 

 しかしながら、これを「論理的」と評するのは、全くの間違いである。しかしある種の力強さが生じるとは思う。詩の繰り返し用法が力を与えるのと同じである。

 

 韓国社会の本質は、この「同義反復」にあり、韓国では映画でもドラマでもこの用法でつくられているそうである。

 

 うーん、韓国人がこれほどバカ論理的思考力に欠けるとは思わなかった。似ているようでもやはり外国なんですね。

 

 それにつけても、最近インターネットなどで、ブログ・映像も両方、韓国人(在日を含む)について書かれた右翼系のものをよく読むのだが、これは、韓国人には理解が及ばないんじゃないかな・・・。

 

 感情的に反日を叫ぶ韓国のブログと異なり、日本のそういう(こういう言葉はいやだが)嫌韓ものは、ごく淡々としているものが多い。

 

 最初にここまでしなくてもと思えるくらい、韓国側の言論を紹介し、その後に、その言論の矛盾する点を指摘する。その後、できれば結論を聞きたいのだが、批判を言っただけで、言わなくてもわかるでしょうときわめて日本人らしく、同じことを繰り返さない。(実際、日本語は分かっていることはあえて言わないという習慣があると思う)

 

 私は説得的だなあと思うが、仮に日本語堪能だったとしても韓国人は下手すると最初の言論部分だけ読んであとはわからないのではないか。

 

 まず、矛盾する→これはどちらかが嘘だな→間違いだったのか!!!と気付ける脳回路がない恐れがある。同義反復を「おかしい」と思わないのだ。そんな批判的思考能力がないと思われる。そもそも、ちょっとでも思考能力があれば、明らかに矛盾だらけの「反日」におどらされることはないだろう。

 

 ほとんどのそういった日本のブログは、どこが間違っているのか、細かく丁寧に教えてくれる。しかし、おおざっぱでいい加減な韓国人は忍耐が続かない。だから、「単純な繰り返し」に洗脳されてしまうのだ。日本なら小学生でもわかることだが。

 

 本当に申し訳ないが、何度も繰り返し、バカ韓国人でもわかるように、本当はどうなのか主張を続ける必要があると思う。そういう韓国的論法に慣れてしまった日本人もいると思うので。