中国は5千年も歴史があると言っています。韓国は、ちょっと油断すると、なぜか歴史がながくなってくる・・・。
でも、年数ではないと思うんですよね。
中国も韓国も儒教文化っていうか、中央は田舎よりえらく、男は女よりえらく、年長者は若い人よりえらいっていう考え方がしみついています。
日本人も見た目が似ているせいか、日本人も同じように考えるだろうと思って、彼らは、「年長の男性的な地位」を日本に獲得したいため、○○はもともと中国起源(韓国起源)などと主張します。年長ならえらい→古ければえらい・・・どんなもんだい、まいったか日本というわけです。
普通の日本人はシラーっとします。
中国や韓国の人はわかってません。日本の文化は、あなたたちとは違うんです。たしかに、日本は昔から遣隋使や遣唐使などを通じて、中国の文化を輸入してきました。
しかし、中国の文化にあこがれて、ほぼ完全に中国化した韓国と異なり、中国の文化から学び、優れている部分をうまく取り入れることに成功しましたが、日本の文化に合わせて改良し、芯の部分は日本人の精神、やまとごころを残してきました。
日本語を見ればわかるように、漢字を改良してかなを発明し、漢字の読み方だって、日本風です。特に中国語の文章を「漢文」として、日本風に読むことを発明したのはすごいと思います。これなら、言語の壁を越えて、優れた中国の哲学を輸入することができます。
ちなみに、明治以降は、西洋文化に対しても同じように優れた点を輸入しましたが、「和魂洋才」という言葉が示すように、有用な点だけ取り入れ、なんでもサルまねをしたわけではありません。
思うのですが、歴史というのは、国を人に例えるなら、「経験」ということになるでしょう。
そして、経験豊富な老人は若い人より常に偉いのかといえば、そんなことはないでしょう。
経験が多い方が、若い人より、多くの資料を集めることができます。そして、例えば、新しいAという状況が生じたとすると、以前Aに似た状況があり、こういう対応をしたから今度もこういう対応をした方がいいという知恵がつきます。
この知恵は経験をすれば、自動的につくというモノではなく、経験から学ぶことによってはじめて身に付きます。知恵ある老人は、たしかに経験の浅い若者よりは優れているといえるでしょう。
しかし、経験によっても何も学ばない人であれば、いくら経験があっても無駄というものです。いますよね、そういうタイプ。えんえんと賭けごとに耽溺している人とか、ダメな男ばかりをえんえんと渡り歩いている女性とか。そんな老人は、無駄に年取ってるとしかいえないでしょう。
経験から学べば、経験はかけがえのない人生体験になりえたのですが。
そして、歴史から学ぶのであれば、長い歴史はその国の宝といえるでしょう。
しかし、歴史から学ばなければ、「歴史は繰り返す」だけです。誰の言葉か忘れましたが、
「バカ」の定義として、同じことを繰り返しながら、別の結果を期待する者というのがありました。
こんなことがあった→反省→次回は別の行動にでる
こういった学びを通して、歴史は貴重な研究になりうるのです。
ところが、中国(韓国も)は、歴史から学ぶ姿勢が全くないのです。
中国は王朝が交代するたびに、歴史を書き換えて、現王朝の有利に、以前の王朝に不利なようにします。だから、本当の歴史がどうなのかさっぱりわからず、そこには学ぶに値することなどなくなってしまいます。
正直中国の歴史を見ると、数多くの王朝交代の過程で、「あれ?これ似たようなことが以前あったよね?どうして繰り返すの?」という感覚を持ちます。大昔か最近かで、ちょっとづつ違いがないわけではありませんが、同じところをグルグルしてるなーという感じがします。
現在の共産党政府も、第二次大戦中に日本とたたかった中華民国の功績を横取りして、「自分が戦った」というでっちあげに歴史を書き換え、さらに第二次大戦や日中戦争中の日本の悪事をでっちあげたりしていると思われます。それ以前の歴史も「共産主義的に」というより、毛沢東や4人組に迎合するように書き換え、「文化大革命」という歴史や文化の抹殺をはかりました。
その中国は現在「孔子学院」なる洗脳目的の学校をあちこちの外国につくっています。
名前こそ「孔子」ですが、共産主義思想の洗脳をしていると思われます。文化大革命時代に「封建的」のレッテルを貼られて、中国国内の儒学者はいなくなったと見ていいでしょう。
江戸時代の武士階級の教育に「論語」をはじめとする四書五経を取り入れてきた日本のほうがよっぽど孔子とその著作「論語」の研究が進んでおり、優れた儒学者がいるのではないでしょうか。
そして、文化大革命のようなことは、秦(B.C221)の焚書坑儒以来、中国では繰り返されてきたのです。
中国以上に「中国的」で、中央集権国家であった韓国も、似たようなことを繰り返してきました。最近では、なんと朝鮮戦争が、日本と戦ったことに書き換えられているそうで、そんなトンデモないことを教える教育には、抗議すべきかもしれません。
いずれにせよ、そこから学ばない「歴史」は、何千年あろうと1万年あろうと、全くの無駄でしょう。