日本と韓国の違いは一見してわかるものではない。
それをいいことに、左翼系文化人は、韓国は外国という感じがしないなどと言う。そして、韓国や北朝鮮のデタラメを真に受けて(もっと悪いことに嘘と知りつつ)、北朝鮮の「素晴らしさ」を宣伝したりしている。
「帰国事業」の際は、北朝鮮が「明るく、みんなが仕事に励む、希望に満ちたすばらしい国」とか、最近では「保育園どうのこうの騒動」に連動して、北朝鮮では、保育所不足がないとか・・・。
その前に食料の配給足りてるかどうかの方が重要のような気がしますけどね。
しかし、この隣の国について、知れば知るほど、日本とは全く違うということが分かる。
確かに、韓国も日本も床に座り、はしをつかって食べる。
しかし、日本では、韓国の座り方は「行儀が悪い」と怒られる立膝座りである。
そして、日本では多くの食器を使い、ごはん茶碗と汁椀は、持って食べないとお行儀が悪い。
しかし、韓国では、おはしとともにスプーンを使い、ごはんもスープも、持ちあげることがお行儀が悪い。食器も金属製が多く、持ちあげるのには適していない。
イスやテーブルを使う文化なら、かけ離れているから、かえって違いが分からないが、同じ部分があるだけに違いが激しく感じられる。
一番びっくりしたのが、「敬語」の使い方である。
先日、八月のセミという日本映画をテレビでやっていたので見たのだが、冒頭に、母親がわが子を誘拐された悲しみとか怒りをるると述べるところがあった。こんなにくどくど怒りを述べること自体、日本人らしくないなと思ったが、ま、それは置いておく。問題は、母親が、自分の娘をずっと「ちゃん」づけをしていたことである。これ作った人本当に日本人?と思った。
日本人は、基本、ウチとソトを区別して、ウチのことをソトの人に話す場合は、敬称をつけない。自分が所属する社会共同体はウチと認識している。
「母は出かけておりまして」とか「(上司の名前)は席を外しております。」とか。
ソトの人と話すときに敬語を使うのは、防御反応みたいなものだ。
友人になっても長い間敬語を使い「タメ口をたたかない」と、まだ気を許していないなと思う。
友人として、ウチに引き入れるのには、人にもよるが、時間がかかることが多い。
ウチとソトには、目に見えない結界のようなものがあると思う。
それなのに、自分の子をちゃんづけするなんて、もしかしたら、日本人ではないというせっていだったのかな。
東方礼儀の国を自称する韓国では、そういった区別はつけないらしい。
だから、上の二つの例だと、自分の母親や上司に敬語を使う。
だから、韓国の人はよくいえば、あけっぴろげ、悪く言うと、人との距離感がつかめない。
韓国の人とちょっと親しくなった日本人のこんなエピソードを読んだことがある。
意気投合して、すっかり親しくなった韓国の友人。
その人は、明け方4時に連絡もなく、自宅に押し掛けてきた。
丁寧に断ると、「日本人は冷たい」とかいわれたらしい・・・いやはや。
なお、これは日本語の堪能な韓国人の本に書いてあって、押し掛けてきた韓国人をいさめる内容だった。日本語を学ぶと日本文化への理解が深まり、違いがわかる。
韓国人を自宅に招き入れたときに、勝手に冷蔵庫を開けて、飲み物を勝手に飲んでいたという。一応、友人とは考えていたが、勝手な行動に頭にきた。日本人なら普通は断って飲むと思う。(多分ほかの国の人も)
敬語に系統だったいいまわしがある点ではすごく似ているだけに、この違いはかなり大きい。ちょっと似ているからこそ違いがきわだって感じられる。
こういった違いを無視して、「昔の日本を同じような雰囲気」だとか、「友好」を言っても、不幸な結果になるだけである。
徹底的に違うとかえってわかりやすいが、一見似ていても、相容れない人たちであり、本当に用心に用心を重ねた方がいいと思う。