第3話ではドラゴンの国、続く第4話では猫の国を訪れることになる智世。どちらでもさらわれて水に落とされる智世は、水難の相の持ち主と言えそうです(;  ̄▽ ̄)



第3話は物語の優しさと美しさに泣きました。

老いて飛べなくなった巨大なドラゴン・ネヴィンや、無邪気なドラゴンの子供たちとの出会いが描かれますが、そこで語られるのは死を積極的に受け入れているドラゴンたちの死生観、

 

 

 

そして老いて死にゆくドラゴンの雄大さと優しさですが、特に後者は一生を生き抜いてきた者だけがたどり着ける誇らしさと安らぎの境地でもあるように思います。




その優しさが智世を包み込み、智世とネヴィンが空を飛翔するさまは感動的でした。ネヴィンの言葉は精いっぱい生きたならあの空のような美しい景色を智世も見ることができると、智世に言わんとしたのではないでしょうか。
 

 

 

そしてネヴィンの死。肉体が土に還り、新たな命を育む。それは育んでくれた自然に対する恩返しのようでもあります。育んでもらった分だけ、より大きな命を育む。それを見た小さなドラゴンたちはネヴィンから生い茂る巨木を見て「すごいね」という。

 

 

 

死とは悲しいものではない。異なる価値観に触れるといろいろ考えさせられますね。

 

 

 

智世を見るたびに生きる力と年相応の感情を取り戻してほしいと願わずにいられませんが、そんな彼女に、ドラゴンとの出会いが何かいい影響を与えてくれたらいいなと思います( ´;ω;`)ブワッ

 

 

 

一方、猫の国では厄介な問題を解決しなければならないようです。智世は猫の国にわだかまっている闇の浄化をエリアスから任されるのです。しかしそこにエリアスに敵意を持つ魔術師が現れるという。

 

 


第3話でスレイ・ベガの一生はとても短いことが語られていましたが、魔術師がエリアスに敵意をあらわにするのは、スレイ・ベガの残酷な運命と関係しているようですね。

 

 

 

確かに言えるのは、少なくとも彼は師として、智世をスレイ・ベガの運命から救い出さなければならないということです。エリアスの責任は重大ですが、彼を見ていると少し不安になってくるのは何でだろう?

ていうか、その前に智世がさらわれるのを何とかしてほしいですが!?

 

 

 

あと、エリアスは依頼の旅をハネムーンと言ってるけれど、こんな仕事のついでみたいな旅を本当にハネムーンのつもりだと思っていないでしょうね!?(プンスカ)

 

 

次回、第5話「Misfortunes seldom come singly.」

不幸は繰り返し訪れる。