朝晩が冷える季節と流行のインフルエンザにめげずに、

健康な日々を送ってますでしょーかはてなマーク


みなさん、こんばんわ流れ星


ゼフィは、朝晩バイクを走らせ、インフルエンザが大流行中の大学物理科3年生の実験のTeaching Assistant(TA)に励んでおります(゚ー゚;

やばいな、うつりそうカゼ







最近、食堂で昼食を食べてると有線で、「未来予想図II」がかかってます音譜

つるの剛士さんによるドリカムのカバーね。

これが意外と声質が似てるんだよね。。


で、最近食事中、これを耳にしながらふと思ってます。







【未来予想図】


例えば5年、10年、20年昔の自分って。

今の自分を、果たして想像出来ていたのだろうか。

未来の自分の予想イメージ。


おそらくゼフィは、1年前の自分ですら今の自分が想像出来てないねぇ。

ひょっとしたら、昨日の自分ですら。



・ ・ ・ Σ(゚д゚;)



今ある自分は果たして、理想としている形なのだろうか。

YESと答えられる人は、あまりいないかもしれない。



だったら。



明日の自分、あさっての自分、来週の自分、1ヵ月後の自分。

1年後の自分、5年後の自分、10年後の自分、50年後の自分。


今、未来予想図を描いたところで、意味があるのだろうか。

これはNOと答える人は少ないかもしれない。

いや、NOと答えたくないかもしれない。



だってさ。



将来像を持って、それに向けて着実に一歩一歩自分を変化させたいもんね。

たとえ微妙な進路変更があろうとも、それによって新たな将来像を持ち続けたいよね。


これって、現在の自分と未来の自分を連続につなげて考えてるってこと。



だとしたら。



過去の自分と現在の自分も、やっぱり連続なんだろうなぁ。


そこには、何百、何千もの未来予想図があったんだね。

そしてそれらは、微妙に形を変えながら上書きされていってるんだね。

だから、過去の一点と現在の一点は、大きく違うんです。



逆に言えば。



その大きな差は、これまでに色んな考えを持って、

色んな経験を積んできた歩みの歩数みたいなもんだと。

そう、思います。



現在の自分がどのような未来予想図を持っていても、将来の自分はどうなってるか分からない。



だけど・・・だからこそ。



将来の自分に、それまで歩んできた道のりを反映させるべく、毎日未来予想図を持ち続けなくちゃいけない。



そして。



過去の自分~現在の自分~未来の自分。

つまるところ、生まれてから死ぬまでの自分は一つにつながったものとなる。

最終未来予想図は、その人を表す人生図になるんだろうねキラキラ