今日は朝から知的障がい者の水泳クラブの水泳大会のボランティアでしたグッド!




これまでの平日の練習は時間的に見てあげられなくて

みんながどれだけ泳げるようになったか、知らなかった。。




今日の大会で必死に泳ぎ、お互いの栄光を称えあう彼らあせる

それを見て、彼らの成長っぷりに~いものを感じました(゚ーÅ)

ダウン症の子で泳ぐのは非常に難しかった子も今では25mは全員泳げます。

水泳が得意な子は、何メートルでも泳げるし、25mなら20秒で泳いじゃう。

自閉症の子は無限パワー炸裂ですね(;^_^A

アップ元気アップがもらえマスタ音譜







今回はちょっとしたお話をさせて下さいm(_ _ )m




いわゆる「健常者」「障がい者」

ゼフィは進路とかお仕事とかとは関係なく、個人的に区内の福祉に関わってきました。

そして、「障害」について考えることもよくありました。

「障がい者」という言葉をあまり使いたくないけど、逆に何の問題も無く使われるようになってほしいのであえて使わせていただきます。




「福祉」が重視されるようになりつつある世の中。

でも「障害」のボーダーを取り払おうとしても、それは出来ないもの。




例えば足が不自由な方にとっての階段や段差は障害物であり・・・

例えばいわゆる知的に遅れている方にとって平等に高等教育を受けられないというのもある意味乗り越えられない障害物があるともいえます。




電車には「優先席」というものがある。

それはまさしく「障害」を持つ方が優先的に席を譲ってもらえるように用意されたスペースですね。

でも考えてみるとそんなの差別であり、全席に渡ってそのような意識を持てばイイと思う人もいるでしょう。

ゼフィだって昔はそう思ってました。

どんな席に座ってたって、譲り合えばイイ。




もちろんどんな席だって互いに理解しあって譲り合うのはいいでしょう。

でも、自分が骨折して不自由になってしみじみ実感したこと。

それは「優先席」の存在によって安心が得られるということ。

なぜならちょっとくらい我慢して立っていようとか思わず、落ち着いて安全に座ってられるから。

実際ペースメーカーを付けてる方のために、電車内全体でケータイの電源をOFFにするということは到底実現できないでしょう。

俺だって毎回毎回OFFには出来ないと思う。




じゃあ、その「優先席」差別なのかはてなマーク

いや、それはあくまで偏見の伴わないようにするべき識別なのでしょう。




「障害」をなくすことはできない。

そしていわゆる「健常者」「障がい者」の区別はなくならない。

けれど、「障害」を理解しようとすることはできる。

障がい者との関わり合いで新しい発見がいっぱいあるし、元気をもらえるp(^-^)q

だって障がい者には・・・無限の可能性があるんだもの。




ただ、甘やかしたり言うことを全て素直に聞くボランティアがいるのだけはちょっと残念かな。

確かに生活の中に(例えば家族の中に)障がい者がいるといないとでは、違いが出るのはしょうがないけどね。

結局障害があろうとなかろうと関係ないよね。

厳しくするところは厳しく、褒めるところは褒める。

個性が強く現れるので、慣れると自分の思うようにコントロールできるところがちょっぴり面白かったり(^^ゞ




そんなことで昔に話が上がり、ゼフィは区に申請して知的障がい者とボランティアのイベント活動をする団体を建てたんです。

相互理解を促進させるためね。

前は葛西臨海公園に行きました。




生きてる以上、豊かな人間になれるように過ごしたいもん。

自分がそう思うし、「障がい者」「健常者」もお互いに刺激されて豊かさを追求できるとイイな。


「障害」は万人が持つキーワードだからこそ、今はまだ半隔離的な障がい者の世界がもっと開放されて、誰しも身近に接する機会が増える世の中になればイイと・・・

ただそう思うだけです。


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人によっては賛成できないかもしれません。ゴメンナサイ。
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