復讐するは冥王星にあり part.10 |  ZEPHYR

 ZEPHYR

ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 その人のことを思い出さされたのは、夏休みに入ってからだった。
 学生時代からの友人の一人に街角で偶然に出くわした。

「どうしたの?
 なにかあったの?」

 その友人は麻衣の顔を見るなり、心配そうにいった。

 それほどに麻衣はやつれ、心身共にぼろぼろになっていたのだ。7キロも体重は落ちていた。

 その友人とはちょっとお茶をしただけで別れたが、彼女の方からふいに
「そうそう。何か悩み事があるんだったら、ちょっと相談に行ってみたら?
 すごく当たる占い師がいるのよ」

 その占い師とは、麻衣が以前に一度だけ関わった、あの老占星術師だった。

 麻衣の今野に対する復讐を察知し、それを止めた男。

 その日、たまたま麻衣は近くに来ていた。

 ――寄ってみようか。

 ふとそんな衝動に駆られた。
 あの男なら、今の麻衣の状況に対して、何か有効なアドバイスをしてくれるかもしれなかった。

 老占星術師の小屋は、以前と変わらず同じ場所にあった。

 予約も何もしてなかったが、ドアをノックし開けてみた。

 老占星術師は麻衣の顔を一瞥し、なにか悲しげな表情を浮かべた。

「あの、いいですか」

「ようやく来てくださいましたね。どうぞ」

「?」

 麻衣は中に入り、以前と同じように椅子に腰掛けた。
 すると老人は、真っ先にいった。

「今野さんに復讐しましたね」

 ぎょっとして麻衣は顔を上げた。
 推測ではなく、断定だった。

「今野さんはあのマンションを出てきました。
 出て行くときには、もう精神的に病んでいました。
 私はそのときから、あなたが何かしたのではないかと思っていましたが、今、確信が持てました」

「ど、どうして」

「あなたはひどいありさまだ。
 おそらく復讐したことの復讐を受けている」

 老人はパソコンのディスプレイを見ていた。
 そこには麻衣のホロスコープが表示されているに違いなかった。

 やがて老人は大きくうなずいた。
「やはり。
 今のあなたは進行の冥王星とトランシットの冥王星の両方から、強いハードアスペクトを受けている。
 冥王星が強いあなたは、この星の影響をもともと強く受けています。

 そして冥王星は復讐の神でもあるのです。
 このハードアスペクトは昨年の終わり頃から始まり、今年の春には非常に強まって来ています」

 今年の春。
 麻衣がモンスターペアレントに悩まされ始めた頃だった。

「今そういう星の巡り合わせみたいなのになっているってことですか」

「そうです。が、正確にはちょっと違う」

「どういうことでしょう」

「人間関係の波及法則というものがあります」

「人間関係、波及……?」

「これは仏教的には因果応報の法則などとも呼ばれますが、近年にこのような人間関係の法則が現実にあるらしいことがわかってきました。
 つまり昔からいわれていることは真実だったのですね」

「それはどういう法則なんですか」

「自分のしたことが自分に返ってくる、という法則です。
 人間は日々の暮らしの中で、絶えることなく常に種をまき続けています。

 自分の行為によって、言葉によって。

 その自分が周囲に与えたものが、やがて巡り巡って自分にはね返ってくるというものです。
 たとえば自分が愛や善意を周囲に与えれば、その種は育ち、やがてどこかから自分に愛や善意がもたらされます。
 しかし、悪意や憎悪を人に与えれば、それもまた自分に返ってくるのです。どこかから、かならず」

「ちょっと待ってください」
 麻衣は手を挙げて制し、その手でちょっと額を押さえ、考えた。
「たとえば、私がその相手に何かして、その相手が私がしたことだと知らなくても、ですか?」

「知ろうが知るまいが、あなたのしたことには何ら変わりがありません。
 たとえば今の世の中ではインターネットというものが普及していますが、そこでは多くの人が匿名で他人を誹謗中傷したりしていますよね。
 悪口を書く人間にしてみれば、名前も出していないから、どんなひどいことを書いてもやりたい放題で、自分には何もはね返ってこないように見える。
 一見。

 ところがそうではないのです。
 こういった行為で、自分自身の人生を悪化させている人は、今じつに多いのです。

 これはエネルギー恒存則みたいなものです。
 一度発せられたエネルギーは消滅することなく、様々に形を変えて世界を循環します。

 そして発せられた力は、必ず本人の元へ循環して戻るようになっています」

 麻衣は怯えた。
 老人はまるで彼女のしてきたことを見てきたように語っていた。

「い、いや、でも」
 反論せずにはおれなかった。
「それは宗教理念みたいなものでしょう?
 そんなことになっていると、誰が証明するんですか?」

「証拠がないということですか」

「そうです。悪いことをしたらその報いを受けるなんて、昔からの迷信でしょう」

「今は科学的な手法で、そのようなことがまじめに研究されています」

「え?」



 この物語はフィクションです。