こんばんは☺山下善三です。今夜は最愛の兄貴について書こうと思います。今日は日曜日。親父が具合いが悪くなって、今週も兄貴がつくばから東久留米の家に来てくれました。親父は大夫良くなりました。でも今後が不安なので家族会議をしました。結果は現状維持です。東久留米の土地とアパートを死守することにしました。兄貴は勤めが終わったら東久留米の家に帰りたいとのことでした。僕は親父が老人ホームに入ることになったり、療養病院に入る場合に不安なので、東久留米の家を売って、どこかに新しい家を買って、現金を蓄えたらどうかと提案しました。でも現状維持にしました。兄貴は東久留米で生まれて、1年後、僕が生れ、それ以来、僕と東久留米で生きてきました。兄貴が大学を卒業して茨城のつくばで勤め先を見つけるまで、ずっと東久留米で僕と一緒に過ごしました。野球のキャッチボールをする時は兄貴がキャッチャー。ゴロ捕りをする時は兄貴がファースト。何をやるにしても、僕が目立つポジションで兄貴が引き立て役でした。でも中学生になって、親父が高校受験に口を出し始めると、目立つ僕に親父が目をつけ、難しい高校に行かされるはめになり、猛勉強を余儀なくさせられました。兄貴は目立たなかったために、猛勉強させられたこともありませんでした。僕が苦しむのを隣で見ながらも、楽に中学、高校時代を過ごしました。半面僕は親父に目をつけられて、有名私立大学の難しい学部に入るために、精神的に追い込まれるほどの猛勉強をさせられました。目立つ僕と目立たない兄貴。でも仲が良かったです。同じ音楽を聞いて、同じくギターを独学でマスターして、お互い上達しあって、違う大学の同じようなサークルに入って、それぞれのサークルでリードギタリスト、バンドマスターとして大学は違うけど、同じような学生生活を送りました。卒業して目立つ僕はレコード会社に入って、目立たない兄貴は高校の教師になりました。僕はプロデューサーになって、音楽のプロになって、ギターを弾く機会が減りましたが、目立たない兄貴は学校で教員バンドを結成したり、高校の軽音楽部の顧問になる等、ギターを弾き続けました。30年経って、目立たない兄貴は、目立つ僕より遥かにギターが上手くなりました。お互い還暦が近くなりましたけど、ここにきて、兄貴には完璧に立場が代わってました。僕は遊びながら仕事をして、貯金もせずに、不倫の果てに離婚して、現在、膀胱癌のために頻尿になって、アルバイトにもついてない状況です。兄貴はもうすぐ定年を迎えます。家庭の主人として、娘を高校に入れて、マイホームも持てます。でも兄貴は東久留米に戻りたいって言いました。僕と一緒に仲良く住みたいって言いました。夢をめざして、丸裸になった僕のめんどうを見てくれるのです。目立つ、しっかり者の兄貴になっていました。僕は来月、最後のデモテープをレコード会社に送ります。作品は出来てます。これで終わります。僕は夢を実現できるのか?もう終わりにします。最後に懸けます。ではまたね😆👍✨