飛鳥の佛像も平安の佛像も堂塔伽羅も支那の工法です。又、朝鮮の手法も這入り、正倉院の御物の中には、明らかに印度の工法そのもののものもあります。
即ち、今までの私達の祖先の作ったものとは云ひ乍ら、それは支那の工法であり、朝鮮の模倣であり印度芸術の再現ではないではないでせうか、それが祖先達工人の努力に依って日本化されてあると云っても、矢張り日本人在来持って居た工法と芸術ではないのてあります。
此の三の像はその外来の芸術に依って在来の技術と芸術性が逐追されない以前のものであると云はれてゐます。勿論誰が作ったか判りません。何の目的で造られたか判りません、此の像の表情は支那的でせうか、刻み方は朝鮮的でせうか、純然たる日本人のものです。
我々芸術家は此処にあこがれて居るのです、此の原始の、外来の力の影響の無かった頃の日本人としての造形芸術の感覚に一旦帰って、その一奌から、もう一度スタート仕直す必要があるのではありませんか、日本人の本来のものか何処かに残り、又、我々が創り出すものに、芸術にも生活にも、本来の素朴なものが生き継がれてゐなければならぬと思ひませんか、とあったと思う、その三体の像は明確に何処と書いてあったのだが、雑ばくな頭で忘れて終った、でも確か奈良?是非一度は見たい。
