両親が子供にしてやることは、二つだけ、それは健康な躯にしてやることと、躾を正しく付けること、と私は常々申します、切角大学を出しても、人のカバン持しか出来ぬ性命の者もあるんですから、性命を発揮させぬ学問をさせても何にもなりますまい、性命力は、その人、自身が發揮するのですから、体と躾こそ何より大切でありませんか、
躾が正しければ性命の如何に依らず人に愛されます、躾が美しければ少し位い性命が悪るくとも制御出来ます、
若し、その人が世にも誇るべき性命を持ち、發揮したとしても、その人の躾が悪るく、禮儀も悪るく、言葉も正しくなかったとしたら、世の人達に受け入れるところとはならず、逆にその性命力の發揮は生活を苦境に追ひ込んで終ってゐる例も隨分多いのです。
躾とはハコビを正す第一の手段なのであります。特別に性命力の發現もなく、学問や殼がなくとも、躾さへ正しく美くしければ人生は平安で美くしく終ります。
論旨が「運」「ハコビ」から初まって、性命の尊さ、そして、性命は躾がなければならぬ、躾は「ハコビ」である、と、又最初に還りました。
此の回のお話はこれを以て終りませう。
