絵を習ったとします。三年の鍛十年の綀を経ずに、最初から筆が冴えてゐて、二三ヶ月で運筆の要領、技法を自分のものとして、獨自の活きた画を書く人がゐます。他の事は何をやらせても全然駄目なのに、画だけは上手、画が性命の人があるんです。
 

 越後の山の中の小さな村、一人馬鹿みたいな三十男が居ました。或る時、其の家から出火、村人が多勢集って幸ひその一軒だけで消し止めました。出火と同時にその三十男が居ない、暫くしてノコノコ裏山から下りて来ました。「オイ、どうしたんだ、お婆さんと火の中において逃げるなんてあるものか」と叱られると、「俺だってタバコ入れが大切だったんだ、それも持って行かれなかったさ」とケロリ。それでも矢立と紙本だけは大切に握ってゐました。裏山で火事の寫生として居たんだと判って、村の人はもう黙って終ひました。
 

 傑物がゐるものです。これは画の性命の人。