「無生死の心」なのだ・・・。 | マイペースでする仕事

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人が生まれてから終わるまで・・・
  ひたすら全うする

「心とは何か」と

言うことはさておいて、

 

「無生死の心」で

生きているかなのだ・・・。

 

身体は、必ず死ぬのだ。

 

死んで仕舞ったら、

もう何もかも終わりだ、

 

果たして

そうなのだろうかなのだ・・・。

 

私たちは、

肉体に宿っている間は、

 

肉体の作法に基づいて、

肉体が亡びるまで、

 

それを適宜に操作して、

修養しなければならないのだ。

 

私たちは肉体を離れた後、

肉体に宿っていた間の、

 

肉体の操作に対する評価を

受けなければならないのだ・・・。

 

肉体に翻弄されたのか、

肉体を適宜にコントロール出来たのかなのだ。

 

もうお察しかもしれないが、

肉体は亡びても、

私たちは見えないが存在しているのだ・・・。

 

つまり私たちは、

肉体の生死に関係なく

存在しているのだ。

 

肉体が亡びて

はい終わりではないのだ・・・・・。

 

肉体に宿っていようと、

肉体から離れようと、

存在しているのだ・・・。

 

肉体の試練を受けている間、

それから解放されている間、

ずっと私たちは存在しているのだ・・・。

 

つまりなのだ、

死んでも「心」はなくならないのだ。

 

「心」は永遠に死なないのだ・・・。

 

「肉体の生死」に関係なく、

存在し続けるのだ・・・。

 

肉体に宿っている間は、

肉体の中で葛藤中なのだ、

気が付かないかも知れないのだ。

 

肉体が亡びて、

修練が終わったその時に、

我に返ることになるのだ・・・。

 

その時に、

ずっと本来の自分で

あり続けられたかどうかを

はっきりと自覚することになるのだ・・・。

 

そして、愕然とするのだ・・・。

 

試練とは、

そう言うものなのだ。

 

しかしなのだ、

何度も何度も

その試練を繰り返して来たのだ。

 

同じ轍を踏まないように、

出来るはずなのだ・・・。

 

つまり、

身体に宿っている時も、

身体から離れた時も、

 

肉体による試練を克服超越して、

ずっと同じ元々の心で居続けることなのだ・・・。

 

これが「無生死の心」なのだ・・・・・・・・。

 

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