機内アナウンスで間もなく羽田空港に着くと言っていた。
昨夜シンガポールのチャンギ国際空港を飛び立ち直行便で7時間。 会社の規定で管理職クラス以上の海外出張の飛行機はビジネスクラスを使える。
工学院大学大学院工学研究科建築専攻を出て中学生のころからの夢だったゼネコンに入社できた。
しかもゼネコンの中でもスーパーゼネコンと言われる大林組で、現在の部署は海外事業部東南アジア局の次長職で企画管理課の担当となっている。
ほとんどが東南アジア諸国のインフラ関連の仕事でシンガポールを拠点として各国の支社に頻繁に行き来している。
今回は年に一度の本社との打ち合わせだがそのあとに1週間の休みをもらっている。
その休み中に妹の彩夏が経営している檜の森リゾートを見に行きアドバイスを頼まれている。
実家にも5年ぶりに顔をだして両親や今は農業と暇なときに檜の森リゾートでアルバイトをやっている直人にも会うつもりだ。
シンガポールにはシンガポールで知り合った元JALのチャンギ国際空港でグランドホステスをしていた2歳年上の妻と長男・次男・長女の5人家族で会社の借り上げ高層マンションの73階に住んでいる。
会社の会議も終わり来年からは東南アジア局長への昇進も言い渡された。
思えばあの塾に行って自分の人生は変わったのだと思う。それまでの苦しく無意味に生きてきたのが明るい未来の目標を与えられてからは目の前の靄が一気に消え去ったようだった。
あの先生ももう何年も前に亡くなってしまった。墓もないらしいのでお参りにも行けないが海に散骨したらしいので海を見たり行ったときには自分の近況を伝えている。
実家に先ず帰ると母がいいところに来たと同窓会のはがきを見せた。
もう何年もそんな会には出たことがない。同級生と会うと当時成績のかなり上だった人たちが悔しそうに話しかけてくるのが目に見えているからだ。
誰もが当時の自分がこんなに出世するなど思いもしなかっただろう。以前同級生で同じ塾にいた郁也君がたまたま東京で中学の同級生と会ったときにそんな感じだったと言っていたのが頭にあった。
郁也君もあと飛びぬけて出世した峻輔なども当時の頭の良かった同級生からは羨望というより悔しさの対象となっていた。
同窓会の日はシンガポールに帰る2日前だったので、今回は局長にも出世できる喜びもあり行くことと決めた。
(続く)