この話は私が仏教に入信して瞑想を通して日々成長していく・・・

サクセスストーリーでは決してありません!

 

そもそも気功とも、瞑想とも、ほぼ関係ない記事ですので、読み飛ばしていただいて結構です。

 

今回は、日本人として普通に仏教に接してきた歴史です。

 

残念ながら、どうやっても、こうやっても、逆立ちしても仏教徒にはなっていないと言う話です。

 

だからと言って、仏教嫌いとか、蔑んでいるとか、認めていないとかそう言った話でもありません。

 

仏教のお坊さんには、優れた人格者や優れた人生観をお持ちの方もお見えになり、現在、過去を問わず尊敬しているのも事実です。

 

そうは言うものの、私は仏教徒です。(話が違いじゃないか!)

何故か?

それは我が家が、浄土真宗のお寺の檀家だからです。

 

だから、好むとか、好まないとか、選ぶとか選ばないとかに関係無く、オギャーと生まれた時点で仏教徒でした。

 

小さい頃は葬式が好きでした。

それは葬式があると、好物の饅頭がそれなりの量で食べられるので、罰当たりな話ですが 誰か死なないかな と思っていました。

子供にありがちな、残酷な感情を日常の中に持っていました。

 

そして、小学生になり、夏休みのラジオ体操の後には、何故かお寺で、お経を習う羽目になることになります。

別に葬式饅頭を食べすぎて、地獄に落ちるのを阻止する為ではありません。

 

お寺などはこの世で極楽浄土に最も近い場所ですが、意味の分からない漢字の羅列を南無、南無と読まされ、正座で30分から45分ぐらい座らせる。

精神的にも肉体的にも、正直、地獄でした。

この歳で地獄を経験するとは・・・

やっぱり、饅頭食いすぎだったか・・・

 

夏休みですので、自分自身には課題を課していました。

それは夏休みアニメ劇場で、メルモちゃんやキューティハニーを絶対に見るという課題でした。

 

おかげ様で小学生から中学生まで、ほぼ皆勤賞でアニメ劇場は見ることが出来ました。

しかし、お経が長引き、坊さんの説法等が始まると、アニメ劇場見れんじゃん 、早く終われ、早く終われと怨念のような呪文を唱えていました。

ハニーフラッシュが見れないのは、私には死活問題だったのです。

 

 

 

 

そして、小学生の行事のメーンイベントでお寺と係る事になります。

修学旅行です。

 

我が小学校の行き先は、京都奈良でしたし、訪問地もほぼお寺でした。

事前学習の個人課題でお寺の事を色々調べました。

それはそれで面白かったのですが、正直、修学旅行に対して楽しみで、楽しみで舞い上がっていたからであり、阿弥陀如来がどうしても見たいとか、正倉院の宝物庫に忍び込みたいとかは微塵も考えませんでした。

 

正直、修学旅行に来てしまえば、こっちのもので、お寺なんてどうでもよく、小学生土産の定番、奈良刀の木刀を買い、猿沢の池で友人とチャンバラをしていました。

威厳も歴史もあるお寺を前に、ご多分に漏れず罰当たりな小学生でした。

 

買って後悔する土産、堂々の35位

 

その夜、未だに忘れることが出来ない、大事件が起こります。

 

その日の夜は猿沢の池の畔のホテルでした。

 

修学旅行の夜に、就寝時間が来たからと言って寝られる人間など歴史上まだいないと思います。

 

私などはその筆頭に近く、人の部屋に出張っては、人を枕でぶん殴り、女子の部屋に行ってキャーキャー言わせて喜んでいましたので、ある意味、最も修学旅行を楽しんだ一人だったと思います。

 

向かいのホテルの修学旅行生も同じようなもので、何故か誰かが懐中電灯を取り出し、向かいのホテル側の修学旅行生と懐中電灯でモールス信号のようなやり取りをしだしました。

私の友人が、それを見て面白そうに思い、懐中電灯を取るために、ベランダから室内に向けてヘッドダイビングで飛び込みました。

しかし、しかし、サッシは閉っていました。

よって、ガラスに向かってヘッドダイビングをした為、ガラスで頭をしこたま切り、救急車で運ばれると言う大惨事となってしまいました。

 

そもそも人の部屋にいた自分は、先生にこっぴどく怒られ、廊下に正座で座らされる羽目になり、猛省したのでありました。

 

せっかく静かに正座をしたのですが、その頃は瞑想などというものが、この世にあることも知らず、ひたすら反省する事になりました。

 

ただ、お寺でお経を習わされている自分は、正座にはめっぽう強く、足などは全く痺れなかったので、先生が思うほどの罰にはなりませんでした。

 

続く