少年Aは言う
『正直、人間の匂いがあまり好きじゃない。
居心地が良いのも濁るからダメだ。
人が人でなくなる感覚が好きだ。
とはいえ、機械的過ぎるごっこなんかには興味が無い。
そのさなかに人の匂いのしない人間が
ある時にふと見せる弱さや強さが香ったときは
何モノよりも好きなのだ。
洞察力と呼ばれる「他人への興味」の嗅覚は
その「隙」をつく最も醜い行為だ。
別に他人を知ったとこで、なんの役にもならないし得にもならない。
見られたほうもさぞ気分は良くない。
しいて言えば
自分を守り易いくらいか。
所詮、汚い行為。答えが見える絶望は何者も踏み入れてはならなかったのだ。
だがしかし、
人間の狭間を抜けてゆく行為というのは
この洞察力無しには話にならない。
真に何かを守らなければならない人間は常に探り合い、狙い合い、傷付く。
ありのままぶつかって欲しいのは対応出来ない自分への恐れ。
ありのままぶつかってるのがバカに見えるのは
人は必ずしも心に秘密を持っているからなのだ
だが素直という正さは秘密を越える事ができない。
口でなんと言おうとバカな自分なんかを
他人へ言いたいヤツなど、本当にあるのだろうか?
それが引き起こした過ちに
誰が、未来を夢見るのか。
他人を確実に知る行為は簡単だ。
癖を知れば良いのだ。
もちろん、知るたびに失うものがある。
時間
金
体力
地位
理由
技能
意味
価値
人脈
だいたいこんなとこの、人間が持ち得る能力は決まっているのだ。
その一つを伸ばせば必ず他が減る。
けれどもしも自分が
何も守らないで、楽になれたら
と、
まっとうにやればそれなりな位置にいて
正攻法を選ばなかった自分が正しいかと言えば、
疑問だ。
ただやっぱり理由はいつも、
今だって
負けるものか、という感情のみでしかない。
全てに於いて負けているからだ。
呪うべきは
自分に対しての最大の甘さだ。
果たして、
それを消化して昇華させることなど
出来る自信を問われたら、いつも無い。
そこまで
「人間」という物体に優しくなれるほど
俺は、人に長けていない。
正味、店屋に勤め生きる間は
店員・客、どちらにも与えられた線があるから非常に楽だった。
人間のマニュアルの範疇で時が流れてゆく。流せられる。
面倒なヤツなどスルーしておけば別に痛くも痒くもない。
面白いヤツには笑顔を出しておけば良い。
それ以下も以上もない。
...最近、そうやって作り上げてきた自分自身の存在や表情が、要らなくなってきた。
とはいえ、
素のままであれるほど
元来、懐の広さは持ち合わせてない。
自分はただ、今があるべくしてそこに居るとしか想っていない。
来るものに対して捌くだけだ。
だが器用でもないし賢くもない。
こんな終わってる存在、それなりに駆け足で様々を過ぎて、
笑ってくれる人にだけ尽力をかけ、
世の真理を知ったような顔のまま、アホな死に様でも見せられたら
きっと、自分の大切な人らは笑ってくれる気がする。
きっと、自分自身もたやすく終われる。
最期の言葉が常に隣り合わせだ。
人に一番聞きたい言葉は、僕の最期の言葉だ。
誠意と責任は
そこにしかない。
だいたい経過点の喜怒哀楽にはさして興味が無い。
肩書きを全部外した時に何が遺るのか。
その肩書きすらも、手元すらも
人すらも、身内すら
なんなのか。
常に捨てて棄てられるイメージしか、ない。
独りでは生きてゆけないというのに
抱えるものが、日に日に重たい。
軽くなっては、重たい。
音楽なんか、やらなきゃよかった。
僕には何も無い。
けれど目的の為に、誰になんと言われようと、
今日までに、笑顔を教えてくれた人には感謝を言いたい。
なのにその声や言葉すらでなくなったクズは
「終わる」という選択肢がお似合いなのだろう。
』
だって。
…嫌な少年ですね。
めんどくせぇヤツだな。
僕はもっと優しいですよ、多分(笑)